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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい62
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「相手を痛めつけることをなさるなんて、私は感心しません」
「でも僕が痛みを我慢すると、アーサー卿はすごく喜ぶんだ。だから――」
「首のうっ血痕は軽いものですので、すぐになくなりますが、引っ掻き傷の深いものは、もしかしたら肌に痕が残る可能性がございます」
「別にかまわない。むしろ嬉しいくらいだ」
告げた言葉を噛みしめるように微笑むローランドの姿に、ベニーは口を引き結ぶしかなかった。線の細い背中につけられた、痛々しい無数の傷を目の当たりにして、怒りが沸々とこみあげてくる。
「……伯爵はローランド様を、本当に愛しているのでしょうか」
「好きだと何度も言われてる」
「私なら愛する人に、傷が残るような行為をいたしません」
「アーサー卿の中にある激しい愛を表すために、こういうことをしていると思う。目に見える形でそれを示されて、僕はとても愛されていると感じることができる」
ローランドは両腕で自分を抱きしめながら、どこか幸せそうに告げた。
「同じような愛し方は、到底できそうにありません」
(相手に深手を負わせる傷を与えて愛するなんて、そんなの間違ってる。ローランド様が傷の痛みに耐えながら顔を歪ませているのを、嘲笑いながら伯爵は眺めているのでしょうね。とことん性格の悪いお方ですから)
「僕はおまえの愛し方では、満足できない。優しさだけじゃ物足りないんだ」
ベニーの手によって治療された傷を隠すように、ローランドはシャツを羽織る。
自分に背を向ける無防備なその瞬間を狙って、ベニーは後ろから軽く抱きしめた。
「痛っ!」
「傷がたくさんつけられておりますので、動くだけでも痛いでしょうに」
「それが分かっていながら、どうして抱きつくんだ?」
腕の中でじたばた暴れるローランドに、沈んだ声で語りかける。
「痛みを感じれば、伯爵の愛が分かると仰ったので」
「おまえの手で、痛みを感じさせられてもな……」
もがくのをやめたローランドが、自嘲気味に笑った。
「それでしたら――」
どこか挑戦的な微笑みを目の当たりにして、ローランドの躰に回した片方の腕を膝裏に差し込み、勢いよく持ちあげた。
「わっ」
慌てふためきながらベニーに抱きついたローランドを、ベッドの上に優しく横たえさせ、そして――。
「ベニー、ぃっ!」
自分の名を呼んだ唇に覆い被さるように、顔を真横にして塞ぐ。それを阻止すべくローランドの両手が、ベニーの顔を押しのけようとした。
「んっ、ンンっ、やっ!」
あがくローランドの片手が耳の傍で髪の毛を束ねる、ベニーの赤いリボンを解いた。色素の薄い金髪がふたりの顔を隠すように、さらさらと流れ落ちる。
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