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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい69
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次の日ベニーの運転で、王都にある伯爵の屋敷に向かった。
(久方ぶりにお逢いするせいで、変に緊張してしまう)
ローランドは後部座席で何度も手櫛で前髪を直したり、着ているスーツの襟元を直したりして、無駄に忙しなく動いていた。
そんな落ち着きのないローランドをベニーはルームミラーで見ながら、優しく話しかける。
「ローランド様、大丈夫でごさいますよ。もうすぐ到着いたします」
「わかった……」
ベニーの言葉を聞いて、落ち着きのない自分を改めて思い直し、両手を膝の上に置いた。
「玄関前に、黒塗りの車が横付けされております。どなたか先に、お客様が見えられているようですね」
指摘した高級車の後ろに車を停めたベニーは、後部座席のドアを開けようと素早く降り立つが、気が急いたローランドは自分で開け放ち、颯爽と屋敷に向かう。
逸る気持ち抑えるために息を整えて、豪勢な扉をノックしようとしたときだった。ローランドの目の前で、自動的にゆっくりと扉が開け放たれた。そこにいたのは――。
「誰かが来た気配がしたから開けてみたのですが、クリシュナ男爵だったのね。ごきげんよう」
「ゼンデン子爵の奥様……、ご機嫌麗しゅうございます」
慌てて頭を下げて挨拶したローランドに、未亡人は満面の笑みを浮かべた。
「亡き夫が丹精込めて育てていた畑の管理は、もう慣れましたか?」
「はい、おかげさまで……」
唐突に現れた未亡人に、ローランドは目まぐるしく思案に暮れる。彼女と伯爵が関わり合いがあるのは明白だった。理由は、自分がその土地を譲り受けたから。
まぶたを伏せて口を引き結び、居心地の悪そうな表情をするローランドに、未亡人はわざとらしく下から顔を覗きこんだ。
「貴方、今日はアーサーに呼ばれていないでしょう。何をしに、ここに来たのかしら?」
くすくす笑いながらなされる問いかけに、ローランドはひどく焦った。親しく伯爵の名を呼ぶ、未亡人の存在の大きさを目の当たりにし、嫌な汗が背中を伝う。
「そ、それは、アーサー卿にご相談したいことがありまして。急ぐ案件でしたので、ここに参った次第でございます」
「クリシュナ男爵は、嘘が下手なようね。ハッキリ仰ればよろしいのに。愛するアーサー卿にお逢いするために、わざわざやって来たって。彼は私と逢うのに忙しくて、貴方とは随分とご無沙汰ですものね。もしや、躰が疼いてしまったのかしら?」
「…………」
「悪いけど、アーサーはとても忙しいの。私との結婚を控えて、そりゃあもう、てんてこ舞いの忙しさなのよね」
「け、っこん」
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