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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい70

 未亡人に告げられたセリフが衝撃的すぎるせいで、ローランドの足が一歩後ずさると、背中に硬いものがぶつかった。細身の躰を支えるように、頼りなさげな両肩に手を添えたベニーが、ローランドの背後に立っていた。 「私がつわりで苦しんでいる間に、クリシュナ男爵がアーサーのお相手に励んでくれたそうね。感謝するわ」 「随分とタイミングのいいご懐妊ですね、子爵夫人」  張りのある低い声が、天井の高い玄関内に響き渡る。  伯爵に二股をかけられていた事実を、未亡人の口から公言されたショックで、ローランドは自分の胸元を握りしめるのがやっとだった。自信に満ちた、ベニーの言葉の意味すら理解できない。 「亡き夫の子どもなんじゃないかと、言いたげな顔をするのね。麗しの執事様は」  着ているドレスの裾をあげて、頭を下げながら丁寧に挨拶する。ローランドにはしなかったことで、未亡人に敵視されているのがわかってしまった。 「お褒めに預かり光栄です。見た目だけ褒められることについて、顔の知らぬ両親に感謝しなければなりませんね」 「ベニーは見た目だけじゃない。僕の執事として、しっかりその役目を果たしてくれている」  両手に握りこぶしを作り、俯きながらベニーを援護したローランドに、未亡人は肩をすくめて、意地の悪い微笑みを口元に浮かべた。 「あらあら、それは悪かったわね。クリシュナ男爵自慢の執事様を、馬鹿にしたわけではなかったのだけれど」 「ローランド様、私は大丈夫ですので、お気遣いなく」 「だが……」  首を垂れたまま上目遣いで見つめるローランドに、ベニーは物悲しげに微笑んだ。 「私は貴方様を支える、影の存在。目立ちすぎる容姿は、マイナスになります」 「クリシュナ男爵、いっそのことアーサーを諦めて、麗しの執事様に抱かれちゃえばいいじゃない。男娼出身の彼なら、きっと貴方を満足させられるでしょう?」 「なっ!?」 「伯爵夫人になるお方が、随分と下世話なことを仰る。ローランド様は、伯爵のお気に入りなのです。貴女がそのような話題を口にしたと伯爵の耳に入れば、婚約破棄は免れないかと思いますが」  ベニーは流暢に話しかけながら、顔色を青ざめさせたローランドを背中に隠し、未亡人の視線から隠した。ショックで小動物のように固まってしまったかわいそうな主の姿を、自分以外の誰にも見せない配慮だった。

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