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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい89

「ここで本当の恋をしたのは、自分の死を直感したからなのかもしれません。ですから今回ローランド様に、手を貸さずにはいられなかった」  ベニーは今までで一番、寂しげな笑みを浮かべた。 「死って、どうして――」 「なんとなく。伯爵に殺されるような気がしたのです。これも、刑事の勘っていうやつなのかもしれませんが」 「そんな……、そんなことは」  意味ありげな上目遣いで黒ずくめの男を眺めるベニーに、青ざめた顔でたどたどしい返事をする。 「口では否定的なことを言ってますが、先輩はご存知だったのでしょう?」 「知らないって」  確信をつく言葉に即答するなり、ふいっと視線を逸らした。その態度で、自分の指摘したことが正解だったのをベニーは知る。 「僕が殺される前に伯爵を亡き者にすれば、ローランド様の恋に諦めがつく。その弱ったところを僕が慰めながら愛を与えたら、きっとふたりは恋に堕ちるでしょう。みたいな筋書きといったところですかね」 「ははっ…ありふれた話すぎて、笑いすら起きない」  あらぬ方を見て答える黒ずくめの男に、軽快な口調で流暢に語りかけた。 「伯爵はローランド様と付き合いはじめて、まだこれからという時期です。週に何度も顔をあわせるくらいに熱々でしたのに、ある日を境に伯爵の足がぴたりと止まりました。普通なら、おかしいと思うでしょう」 ベニーが説明していると、銛に刺さったままの獲物が急に暴れだした。それを宥めるように、反対の手を使って撫で擦る。すると魚みたいに左右に蠢いていた獲物が、次第におとなしくなり、やがてピクリとも動かなくなった。 「おかしいだろうか。移り気な伯爵が飽きただけだろ……」 「なんでも自分のいいなりになる、綺麗なお人形を手に入れたばかりですよ。ですから逢瀬をやめた理由を、僕なりに推理したんです。伯爵は人一倍警戒心の強いお人でしたから、自身に向けられる何かを察知し、極力外出を控えていたんだと思います」  反論するのが難しいセリフの羅列に、黒ずくめの男の眉間に皺が寄る。 「やー、実際はどうだったのか……」 「笑えないと言いつつも、しっかり苦笑いを浮かべる先輩は、嘘がつけないみたいですね」  ベニーは作り笑いのまま空いている手で、黒ずくめの男の頬を引っ張った。 「いてててっ」 「本当に困った先輩です。好きな方と天珠を全うできずに、気がついたら300年生きてしまって、その救済措置が見守り人ということなのでしょう?」  自身の機嫌が悪くなると、どうにも話が不穏なところにいきつくことがわかっているのに、ベニーは口撃を止められなかった。

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