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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい91

 パズルができあがる前だったが、自分に優位な話をする絶好の機会を逃すまいと、嬉々としてベニーは口を開いた。 「簡単なことってなんだ?」  黒ずくめの男は訊ねながら、よろよろと立ち上がる。躰全体から、やる気のなさが漂っていたが、自分の願いを吐き出すように言葉に熱を込める。 「ローランド様の魂の入った人間に、僕を逢わせてください」  告げられた内容がわからなかったのか、黒ずくめの男は一瞬だけ呆けた。 「なっ、全然簡単なことじゃないだろ、それ!」  次の瞬間には怒号に変化したのにもかかわらず、ベニーの顔は穏やかなままだった。 「でしたら先輩の見守り人としての成績は、とても悲しい結果になるでしょうね」  目尻にある涙はとうに枯れ果てていたが、意図的に涙を拭う仕草をした。 「ベニーちゃん、さりげなく俺を脅してるだろ?」  あえて憐れむ姿を見せたというのに、黒ずくめの男は憮然とした表情を崩さず、話の核心に迫る。 「脅すなんてそんな。ただの交渉ですよ」  泣き落としがダメだったので、ベニーはしれっとしたまま腰に片手を当てて、小首を傾げるという堂々たる振る舞いをする。その姿を目の当たりにして、黒ずくめの男はうんと嫌な顔をした。 「だいたい赤ん坊のときから見てる野郎に、恋愛感情を抱ける、おまえの神経がわからない」  両手を使ったオーバーリアクションで語りかけると、ベニーは信じられないといった感じで、両目を瞬かせた。 「自分好みの男に育てる、楽しみがわからないとは。だから恋愛ができないんですよ」 「そんな酔狂な趣味は持ち合わせていないし、俺は男に興味ないからな!」 「でしたら新しい扉を開くべく、僕が手ほどきをしてあげましょう。それがきっかけとなり、恋愛することができるかもですよ?」  くすくす笑いながら黒ずくめの男にウインクしただけじゃなく、わざわざ舌なめずりまでしてみせた。 「誰と誰が恋愛するって?」  ベニーは無言で自分を指し示したあとに、黒ずくめの男に指をさした。 「たとえおまえが女であっても、恋愛対象にはならない。趣味じゃないからな!」 「もちろんこの伯爵と違って、僕のストライクゾーンは広くありません。残念ながら先輩は、僕の好みからかけ離れています。そこを我慢してまで、交渉しているというのに」 「おまっ、さりげなく伯爵と一緒に、コケにしやがったな!」  アピールするように、目の前で獲物を揺すりながらカラカラ笑うベニーに、黒ずくめの男はゲンナリした表情を浮かべる。 「悠長に、交渉している場合ではなさそうです。そろそろここをお暇せねば、混乱に巻き込まれそうですね」

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