169 / 332
抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい91
パズルができあがる前だったが、自分に優位な話をする絶好の機会を逃すまいと、嬉々としてベニーは口を開いた。
「簡単なことってなんだ?」
黒ずくめの男は訊ねながら、よろよろと立ち上がる。躰全体から、やる気のなさが漂っていたが、自分の願いを吐き出すように言葉に熱を込める。
「ローランド様の魂の入った人間に、僕を逢わせてください」
告げられた内容がわからなかったのか、黒ずくめの男は一瞬だけ呆けた。
「なっ、全然簡単なことじゃないだろ、それ!」
次の瞬間には怒号に変化したのにもかかわらず、ベニーの顔は穏やかなままだった。
「でしたら先輩の見守り人としての成績は、とても悲しい結果になるでしょうね」
目尻にある涙はとうに枯れ果てていたが、意図的に涙を拭う仕草をした。
「ベニーちゃん、さりげなく俺を脅してるだろ?」
あえて憐れむ姿を見せたというのに、黒ずくめの男は憮然とした表情を崩さず、話の核心に迫る。
「脅すなんてそんな。ただの交渉ですよ」
泣き落としがダメだったので、ベニーはしれっとしたまま腰に片手を当てて、小首を傾げるという堂々たる振る舞いをする。その姿を目の当たりにして、黒ずくめの男はうんと嫌な顔をした。
「だいたい赤ん坊のときから見てる野郎に、恋愛感情を抱ける、おまえの神経がわからない」
両手を使ったオーバーリアクションで語りかけると、ベニーは信じられないといった感じで、両目を瞬かせた。
「自分好みの男に育てる、楽しみがわからないとは。だから恋愛ができないんですよ」
「そんな酔狂な趣味は持ち合わせていないし、俺は男に興味ないからな!」
「でしたら新しい扉を開くべく、僕が手ほどきをしてあげましょう。それがきっかけとなり、恋愛することができるかもですよ?」
くすくす笑いながら黒ずくめの男にウインクしただけじゃなく、わざわざ舌なめずりまでしてみせた。
「誰と誰が恋愛するって?」
ベニーは無言で自分を指し示したあとに、黒ずくめの男に指をさした。
「たとえおまえが女であっても、恋愛対象にはならない。趣味じゃないからな!」
「もちろんこの伯爵と違って、僕のストライクゾーンは広くありません。残念ながら先輩は、僕の好みからかけ離れています。そこを我慢してまで、交渉しているというのに」
「おまっ、さりげなく伯爵と一緒に、コケにしやがったな!」
アピールするように、目の前で獲物を揺すりながらカラカラ笑うベニーに、黒ずくめの男はゲンナリした表情を浮かべる。
「悠長に、交渉している場合ではなさそうです。そろそろここをお暇せねば、混乱に巻き込まれそうですね」
ともだちにシェアしよう!