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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい10

 唐突に提案された話題に、口が一層重たくなる。そのため頭に浮かんだ言葉を、無機質な感じの声で質問を投げかけた。 「私も貴方の名前を呼べと?」  ベニーの不機嫌の様相が、さきほどよりも色濃く顔色に表れる。 「呼びたくないのはわかってるけど……。やっぱ変だろ」 「では私は、バーンズ先生と呼ぶことにします」 「え~。それじゃあ俺も、ロレザス先生って呼ばなきゃダメだろ。かたっくるしいな」 「それでいいじゃないですか」  ベニーとしてはまともな返答をしたはずなのに、黒ずくめの男の表情はどこか迷惑げに見えた。だからこそあまり雰囲気のよくない状況を打破すべく、この話題を打ち切ろうと、唇を動かした瞬間だった。 「ローランドって呼んでみろよ」  その声はいつも聞き慣れているものより、はっきりと圧がかかっていた。だから余計にベニーの耳に残り、胸の中に不快感が増していった。 「嫌です。生徒が使うであろう名字呼び方のほうが職業上、使いやすいのではないでしょうか」  表情と声で不快感を露にしたというのに、目の前にある顔は飄々とした態度を崩さない。 「俺は、ローランドっていう名前を呼ばせるつもりだ。これからこの高校でやっていくために、生徒と仲良くしたほうが都合がいいだろう?」 「くっ!」 「ベニーにとって、俺とローランド様じゃ天地の差なのは、わかってるつもりだけどさ」 「当然です。まったく違うのですから」  束ねた長い髪を揺らして顔を背けるベニーに、黒ずくめの男ローランドは、苦笑いを浮かべた。 「それに名前なんてたかが固有名詞、そこまで神経質にならなくてもいいって」 「私にとってローランド様は、名前を含めて大切なお方なんです。たまたま貴方と名前が同じであっても、軽々しく口にしたくはないのです」 (好きなお方に、誠心誠意仕えたあの日を思い出す。それと一緒に胸が張り裂けそうになった、つらい出来事まで甦るのです) 「おまえが仕えた主は、この世にはいない。いい加減に―― 」 「傍で見ていた先輩なら、どれだけ私がローランド様を愛していたのか、ご存知のはずでしょう?」  ベニーは顔を背けたまま、横目でローランドの様子を窺った。 「まぁな……」  苦笑いは消えたものの、不貞腐れた感じが思いっきり顔に表れていた。 「明堂くんを助けたとのことでしたが、3人がかりで殴る蹴るという、暴力的ないじめでしょうか?」  このままでは埒が明かないと思い、さっさと話題転換する。それは、気になっていることのひとつだった。

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