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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい21
好奇心を含んだローランドからの問いかけに、明堂は静かに首を横に振った。
「ここで踏ん張って生活するだけで、いっぱいいっぱいなので、恋愛してる余裕なんてないです」
「日本じゃあどうしても、その髪色が目立っちまうもんな。素行の悪いヤツからしたら、どうしても目に留まるし」
「両親や親戚に、こんな髪色をしている人は誰もいません。突然変異だろうって」
右手で前髪をいじりながら寂しげに微笑む明堂を、ローランドは和ませるようににっこり笑いつつ、肩をバシバシ叩いた。
「黒髪ばかりのここじゃ目立っちまうが、思いきって海外に行けば、まったく目立つものじゃなくなるぞ。もっと朱い色をしてるヤツが、大勢いるからさ」
「そうなんですか……」
「ちなみに俺は、自分の瞳の色が嫌いだった。過去形の話だけどな」
明堂はローランドのプライベートな話題を聞いた途端に目を大きく見開いて、驚きの声をあげる。
「ええっ! そんなに透き通るような、綺麗な色のブルーなのに?」
指摘した瞳を食い入るように見つめる視線を、微妙な表情で真正面から受ける。
「当時、付き合った女に言われたんだ『貴方のその瞳がクリアすぎて、私の悪いところを見透かしそう』だって。実際、二股かけられていたんだけどさ」
「可哀そう……」
見開いていた瞳を細めた明堂は、ローランドの代わりに悲しむような面持ちをした。
「でも、このクリアすぎるブルーの瞳を見て『美味しそうな色ですね』って言ったヤツがいた。ソイツは腹を空かせて道端で行き倒れてたから、美味しそうなんて言葉で表現したみたいなんだけど。人によって見え方や考え方が違うのを、学ばせてもらったってわけ」
「ローランド先生は、その行き倒れていた方を助けたんですよね?」
興味津々に訊ねられた言葉を聞いて、ローランドは肩を竦めながら首を横に振った。
「残念ながら当時の俺は、貧乏な町人でさ。一時的に腹を満たしてやることはできたけど、それ以上の面倒は見られなかった。だけどうまいこと、金を持ってる貴族に引き渡せたから、よかったというべきか」
「素敵な話です」
「海外あるある話さ。ちょっとしたタイミングで、運命がガラリと変わるってね……」
注がれる視線をやり過ごすように顔を背けて、スーツのポケットに忍ばせていた手帳を取り出した。さらさらと何かを書き込み、手荒に破る。それを適当に4つ折りにして、明堂の目の前に差し出した。
「おまえがクラスに居づらいのは理解するが、こんなところでサボるのはいけないぞ。とりあえず、これをベニーに届けてくれて」
「はい」
明堂は手渡された小さなメモ紙と、ローランドの顔を交互に見た。
「この時間は、体調が悪くて保健室にいた。そう、担任に伝えておいてやる」
したり顔したローランドは明堂の両肩を掴んで、屋上から強引に押し出す。
「あの……」
「早く行かないと、次の授業がはじまる。ベニーと話をする時間がなくなるかもな」
なにかを気にして足が重くなった明堂を、言葉でうまいこと誘導してみたら、転がる石のような勢いで、階段を駆け下りていった。遠ざかる靴音をしばらく聞いていたローランドの笑みは、屋上に注がれる太陽の光を受けて輝いたのだった。
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