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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい30
***
夕日が落ちかけた校舎の屋上で、扉を開けた瞬間に細長い影を見つけた。ベニーは無言のまま隣に並ぶ。
「どうだった?」
ローランドが横にいるベニーに視線を投げかけず、前を見た状態で訊ねた。
「わかりませんでした」
「これが証拠品だ。あちこちに同じ銘柄が落ちてた。ここでよく喫煙しているみたいだな」
ビニール袋に入れられた吸殻を目の前に差し出され、その量の多さにベニーはげんなりする。
ローランドから渡されたメモ紙には、執事をしていた世界で使っていた言語が使われていた。明堂が中身を読めないようにするためだろうと、瞬時に思いついたのだが、メモに記されていた内容はベニーの想像を超えるものだった。
『コイツは授業を堂々とサボって、屋上で喫煙していた。二面性の可能性あり、要注意!』
「俺がここに来たと同時に、煙草の火を消したと思う。煙草特有の残り香があったから、すぐに気がついた」
「…………」
「本当はわかってるんだろ? 隠しても無駄だ」
微妙な表情のベニーを見て、苛立ったローランドが軽く体当たりした。躰はちょっとだけぐらついただけなのに、責めるような口調で訊ねられたせいでベニーの心がぐらつき、吐露せずにはいられない。
「制服の内ポケットに、煙草の箱の感触がありました」
「他に思いついたことはないのか?」
「弘泰のメンタルは、想像以上に弱いと思います。これまでなされた酷いことに耐えられなくて、もうひとつの人格を作り、苦痛から回避している可能性があるかもしれない、と……」
「ちなみにそのもうひとつの人格は、どうすればアクセスできると思う?」
ベニーは沈んだ顔のまま首を横に振ったが、本当はわかっていた。明堂が受けている苦痛を徹底的に与えれば、間違いなくもうひとりの明堂が現れる。それを確かめるために、あのとき明堂に跨り、尋問するような言葉遣いで質問をした。でも途中からそれをするのがつらくなり、あっさり諦めてしまった。
「ヤツの躰は俺たちと同じ、選ばれた人間のものだろ。だが決定的に違うのは魂と躰を繋ぐものを、他人からちょうだいするか否かだ」
「そうですね」
「特別仕様だからといって、なにもせずに生活できるとは到底思えない。前世の記憶の有無以外は、俺らと変わりないとしか考えられないんだ」
「…………」
説得力のあるローランドのセリフを聞いているのに、頭がさっぱり働かない。明堂にされた可愛らしいキスばかり思い浮かんでしまい、ベニーの思考を見事に奪った。
「ベニー、しっかりしろ。これは目を背けていい案件じゃない。このままじゃ、前世と同じような結末になるかもしれないんだぞ」
「やっと……、やっと想いを告げたのです。彼はまだ私に好意を抱いてはいませんが、それでも手応えらしきものを感じた」
「それはどっちの人格の話だ? この煙草を吸っていたヤツなら、その好意を利用して、簡単におまえを騙しそうだけどな」
ローランドは手にしていたビニール袋を無理やりベニーに手渡すと、背中を向けて、屋上から出て行ってしまった。足取りの速さは自分と一緒にいたくない表れに感じて、ベニーは振り返りながら奥歯を噛みしめつつ、寂しさをやり過ごしたのだった。
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