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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい31
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「ベニー先生、新しい包帯まとめ終わりました」
「弘泰、ありがとう。とても助かります」
授業中は来てはいけないと念押ししたら、休み時間にちょくちょく顔を出すようになった明堂。とはいえ、ふたりきりになれるタイミングはなかなかつかめなかった。常に誰か保健室にいるため、教師と生徒の一線をあれ以来超えてはいない。
「ロレザス先生、どうして明堂は先生のことを、名前呼びしているんですか?」
椅子に腰かけた1年が、明堂を睨みながら問いかけた。授業中になにかの弾みで、手首を捻って痛めたという理由で、保健室を訪れていた生徒だった。
「私がここに赴任してからというもの、忙しくて思うような整理整頓ができなかったことを、一番に気がついたのは彼なんです。その勲章を讃えて、名前呼びを許しました」
ありえそうなことを口にしたベニーを、明堂は頬を染めてチラッと一瞬見た。その顔を誰にも見られないようにするためなのか、棚の前でもじもじして動こうとしない。
「……なんだよそれ、ズリぃ」
「ずるいなんて卑屈な考えしか浮かばないから、周りのことに目が行き届かないのです。はい、これで治療は終わりました。このまま腫れが引かないのであれば、病院に行ってください」
手当を終えて、業務日誌に必要事項を書くために生徒から視線を逸らすと、左腕に手をかけられた。
「なんでしょうか?」
「俺もロレザス先生を名前で呼びたい。どうしたら許してくれますか?」
必死に懇願する生徒を見てから、棚の前から動かない明堂の背中を眺めた。
「そうですね、明堂くんと仲良くしたら考えてもいいです」
「ゲッ! カースト最下位と仲良くする!?」
「できないのであれば、諦めてください」
ピシャリと言い放ち、生徒の肩を抱き寄せながら出口に誘導した。突然ベニーに優しくされたことに生徒は抵抗することなく、されるがままだった。
「お大事にしてください」
触れていた腕をそっと離して、素早く扉を閉める。明堂とのふたりきりの空間を作るために、このまま鍵をかけたい心情に駆られたが、職業上それは無理なのでさっさと諦めた。
「ベニー先生、あんな無理なお願いをするなんて。僕はひとりでも大丈夫なのに」
「弘泰、人はひとりでは生きてはいけないものです。もう少しだけ、他の人とコミュニケーションをとらなければ」
靴音を立てて棚から移動した明堂が、ベニーの躰に勢いよく抱きついた。
「おっと!」
「ベニー先生がいれば、僕は平気です」
「弘泰……」
「久しぶりに、ふたりきりになれましたね」
意識しないようにしていたことを口にされて、ベニーは戸惑いを覚えた。
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