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抗うことのできない恋だから、どうか一緒に堕ちてほしい56

 涙を拭うハンカチごと、マモルは両手でベニーの手を掴んだ。 「アーサー卿を殺した私を、君は憎んでいたのではないですか?」 「ああ、憎んでた。憎くて堪らなかったはずなのに、弘泰の目を通しておまえを見ていたら、そんな感情、どうでも良くなってしまった。だって伯爵は、もう戻らないんだし」  ベニーの手を掴むマモルの両手が、目元から強引に外しにかかり、泣き出したそうな顔をあらわにする。悲しげな表情を見たくなかったゆえに、ベニーはわざと苛立つようなセリフを考えた。 「どうでも良くなってしまった理由のひとつは、タバコを吸って、うさを晴らしていたからでは?」 「男爵のときに、できなかったことをしていただけさ。授業をサボって、好きな本を読みながらタバコをふかすのは、すげぇ最高だった」 「……ほかに、やり残したことはありませんか?」  ベニーは静かに問いかけると、みるみるうちに、目の前にある顔が強ばっていく。考えたくないことを言われたせいか、唇を引き結んだまま喋ろうとしなかった。だからこそ隠している真実を明らかにしなければならないと思い、さらに尋問を続ける。 「マモル、気づいているのでしょう? 目を背けてはいけません」 「なんのことか、さっぱりわからないけど」 「弘泰の心を直接感じることのできる、頭のいい君なら、自分が消失する時期をそろそろ考えても、おかしくはないということです」 「消失なんてしねぇよ……」 「どうして、そう言いきれるのです? こうして穏やかに私と言葉をかわしている時点で、違和感だらけなんですよ」  語気を荒らげたベニーに、マモルは息を飲む。 「マモル、本当のことを言ってください。ローランド様の記憶のある君に、私ができることはないのでしょうか?」  握りしめていたハンカチを胸ポケットに戻してから、マモルの躰を優しく抱きしめた。彼の嫌がることのひとつかもしれなかったが、抱きしめずにはいられなかった。  不安そうなまなざしを見ているだけで、手を差し伸べたくなる。華奢な背中を撫で擦り、マモルのひとことを待った。  ややしばらくしてからベニーの背中に両腕を回して、強く抱きしめながら口を開く。 「忘れないで、俺のこと……」  か細い声で告げられたセリフは、ベニー自身も考えていたことだった。

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