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抗えない想いを胸に秘めたまま、おまえの傍にずっといたい5
「親心なら、手をかけた子どもの顔を見ることくらいできるでしょう。どうして逸らしたままなのです?」
(俺の言った『親心』を使って、痛いところを突いてくるなんて。どうしてそんなに、俺の視線を気にかけるんだよ……)
自分の心を隠そうとすればするほどに、顔に浮かべている引きつり笑いが痙攣してくるのを感じた。
「やっと両想いになって、幸せを謳歌してるベニーちゃんを見たら、どうにも離れ難くなるから」
「それならなおさら、私の顔を見てください。親心を抱いてるなら幸せな顔を見て、きちんとお別れをしてほしいです」
「…………」
つくり笑いに疲れて、目を閉じながら真顔に戻していく。ベニーの告げたお別れという言葉に、もう隠しきれない事情を悟ったら、何もかもがどうでも良くなってしまった。
「先輩とは、もう二度と逢えないのでしょう? だったら後悔を残さないためにも……」
「ホント、ベニーちゃんは我儘だよなぁ」
ベニーに強請られる我儘は、俺にとって嬉しいものだった。必要とされていることを感じさせるそれは、何としても叶えたくなる。
「先輩が日頃から甘やかすせいですよ」
「確かに。いつも笑ってほしかったからさ」
心の奥底に秘めた想いを告げながら、俺は恐るおそるまぶたをあげる。ベニーの瞳には、今にも決壊しそうなほどに涙が溜められていた。
「ベニーちゃん、やっぱり泣いてるじゃないか。だから嫌だったんだ」
「私が泣き虫なことくらい、先輩は知っていたでしょう?」
俺は拳を握りしめて、鼻をグズグズしながら瞳を細めて笑うベニーを見つめた。いつも笑っていてほしいという我儘を叶えてくれた優しい彼に、心を込めて最期の挨拶を告げる。
「ベニーちゃんに逢えてよかった。誰かを好きになることをどうしてもできなかった俺が、他人を思いやれる人間になれたのは、おまえのお蔭だ。ありがとう……」
「先輩には大変お世話になりました」
(そんな言葉じゃなく、もっと別なものが欲しいと俺が言ったなら、おまえはきっと叶えてくれるんだろうな。そこに気持ちがなくても――)
最期だからこそ欲してしまいそうになる、自身の気持ちを律しながら、握りしめているベニーの赤い紐を額に押しつけて、執行人を呼び寄せる。
「時間だ、出てきていいぞ」
俺の言葉を待っていたかのように、音もなく屋上の扉を通り抜けて、執行人が現れた。
ベニーの目にはきっと、学年主任の姿で認識しているだろう。だが咎人として上から認定された俺の目には、大鎌を持った死神の姿にしか見えなかった。
頭からつま先まで覆い隠す漆黒の服を纏った骸骨が、ゾッとするような声を発する。
「今生の別れが惜しいのはわかるが、いかんせん時間がかかりすぎだ。無駄に後悔が残るというのに」
忌々しげに言いながら漆黒の手袋を取り出し、両手にはめる。纏った服と同じ質の手袋は、これから俺を滅するためのパワーを、そこに秘めているように感じた。
ベニーも俺と同じように感じているのか、息を飲んで執行人の動きを見守る。
「ベニー・ロレザス離れろ。巻き込まれるぞ」
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