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抗えない想いを胸に秘めたまま、おまえの傍にずっといたい10

「ベニーに飼われることがわかったから、ご機嫌とりをしようとしてるみたい……」 (――ご機嫌取りなんかじゃないのに。なにを言ってるんだこの人間) 「そういうあざといところが、私の知り合いにそっくりなんですよ」 「先輩さん?」  早く退けてほしくて、ペロペロ舐め続けていると、綺麗な髪の人間に頭を撫でられてしまった。自分に注がれる視線は見るからに優しげで、どうしていいかわからなくなる。 「先輩とはただの友達です。さて弘泰の家に寄る前に、私の自宅に先輩を置いてからじゃないといけませんね。お母さんのアレルギーを誘発してしまいます」  俺の抵抗を削ぐ視線と頭を撫でる大きな手に、なす術がなかった。肩をすぼめてしょんぼりしていると、朱い髪の人間の膝の上に移動させられる。 「だったら、猫グッズ買って帰ろうよ!」 「ふふふ、弘泰ってば、先輩のお世話をする気が満々ですね」 「母さんに遅れて帰ることを、LINEで伝えなきゃ!」 「LINEする前にシートベルトをしめてください。車を走らせます」  体に感じた僅かな振動に、慌てて隣にジャンプした。 「あっ、運転の邪魔になるって。勝手に動かないでよ」  横から俺の体を持ち上げようとする手が、目の端に映る。パンチをしてそれを阻止しようと右手を上げかけた瞬間、別な手が俺の動きを遮った。  攻撃を先読みされたことに驚き、視線を上に移動させる。 「絶妙なタイミングで私の動きを止めるところも、本当にそっくりですね。これから先が思いやられます」  俺に話しかけながら、ひょいと身体を持ち上げられてしまった。綺麗な髪の人間が柔らかい笑みを見せるように、顔をわざわざ突き合わせる。 「先輩お願いですから、大人しくしていてください。貴方が快適な生活ができるように、私がきちんと提供します。約束しますよ」  見つめる先にある赤茶色の瞳が、なぜだか赤く光った。既視感のあるそれに背筋がぞわぞわして、抵抗はおろか声を出すことさえできない。 「なんだか羨ましいな……」 「先輩に嫉妬しましたか?」 「別に!」  朱い髪の人間が綺麗な髪の人間に寄り添ったときには、瞳の色は元に戻ったので、心の底からほっとした。 (この人間、絶対に只者じゃないぞ。これから俺は、どんな目に遭わされるのやら……) 「先輩の快適な生活の提供は私の担当ですが、教育的な指導については弘泰の仕事です」 「それって――」 「私の家の合鍵を作りますので、よろしくお願いいたします」  不安と心配が入り混じった心情を抱えていると、朱い髪の人間がいきなり俺を抱きしめ、首に巻いたものを掴んで、身体を動けないようにされてしまった。 「僕が先輩の教育的な指導をするって、毎日ベニーの家に通わなきゃいけないんじゃない?」 「学業のこともありますからね。無理しない程度にしてください」  俺たちを乗せた大きな箱は、機械的な音を立てて動き出した。どこに連れられるのかわからないことや、綺麗な髪の人間は何者なのか。先の見えない不安がいっぱいすぎて、どうしても鳴かずにはいられない。 「にゃあ゛ぁあ!」  俺なりに不安を訴えてみたというのに、それを聞いたふたりは口を開けて大笑いした。 「ベニー、僕が猫っぽい鳴き声を真似して、丁寧に教えなきゃダメかな?」  なんて、かなり失礼なことを言われてしまったが、はじめて誰かに不安を伝えたので、うまくいかなくて当然なのである。ムカついたので、そのままだんまりを決めこんだ。すると隣から大きな手が伸びてきて、俺の頭が揺れるくらいにがしがし撫でる。 「弘泰が教えなくても、大丈夫ですよ。先輩は器用な人ですから、すぐにマスターします」 「ベニー、人じゃなくてネコだよ」 「確かに猫ですが、これから一緒に生活を共にする家族を、人として対応することはいけないことでしょうか?」  頭を撫でていた手が不意に離れていき、綺麗な髪の人間の前にある輪っかを握りしめた。遠のいていく手をなぜだか引き留めたくなったのは、どうしてだろうか。 「ベニーのその考え、すっごくいいと思います。僕もそういう気持ちで、丁寧に接していきますね」 「ありがとう、弘泰。優しい君を好きになってよかったです」  身体に伝わっていた振動がなくなり、大きな箱が停まったことがわかった。キョロキョロすべく辺りを見渡すと、ふたりの顔が共に近づいてから唇を合わせる。それを見た瞬間、なんとも言えない気持ちが胸を支配する。 (どうしてだろう。どうしてこんなにも、胸が苦しくなってしまうんだろう。はじめて逢ったばかりの人間の動きを見るだけで、苦しいくらいに切ない気持ちになってしまう……)

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