320 / 332

シェイクのリズムに恋の音色を奏でて26

***  昨日と同じように閉店作業をし、聖哉を先に店の外で待たせてから、ふたたび中に戻った。 (やれやれ、スマホを置き忘れてしまった。普段そんなドジしないのに、疲れがたまってるのか?) 「聖哉待たせたな、今すぐ鍵を締めるから」 「……石崎さん、今夜はウチに寄ってください」  ガチャンと鍵をしっかりとかけた瞬間に告げられた爆弾発言に、そのまま固まってしまった。 「せ、聖哉、今なんて?」  驚きまくりの俺に聖哉は真剣な顔で抱きつき、耳元でコソッと告げる。 「彼女、少し離れたところから、僕らを見てます」 「マジかよ!?」  なるべく声を抑えて返事をした。彼女が帰って閉店するまでに、二時間は経過している。それまでどこかで時間を潰し、ずっと待っていたというのか。 「彼女に、石崎さんの自宅を知られたくないでしょう?」 「確かにそうだが、そうなると聖哉の自宅がバレるじゃないか」  俺と仲良くしていた客に、平気で危害を加える女である。もしかしたら聖哉になにかされる恐れがあると考え、心配しながら口にしたのに。 「僕のところはセキュリティがしっかりしたところなので、多分大丈夫です。石崎さんのところは?」 「そんな立派なマンションに住んでない」 「決まりですね、行きますよ!」  掴んだままの俺の腕を引っ張り、自分の自宅に向けて力強く歩く聖哉。  現状について俺としては困惑しているのに、その裏でもうひとりの自分が、聖哉の家に行ける嬉しさで小躍りしていた。そんな複雑なふたつの心境を抱えたまま、俺は聖哉のあとをついて行くしかなかったのである。  目の前にそびえ立つ、高級そうなマンション。キョドる俺の腕を聖哉は放さずに、セキュリティを解除して中に入った。 「随分と豪勢な生活してるんだな」  サオリさんからの追跡から無事に逃れたことに、安堵のため息を吐いた。 「実は両親が結婚当初に、住んでいたところなんです。僕が生まれて手狭になったからと、別なところに移り住んだんですが、もしものときのために、ここを売らないで残していたのを使ってるだけなんですよ」  端的なやり取りをしてる間に、エレベーターホールに到着。 「このマンション、そんなに築年数が経ってるように見えないのが、本当にすごい……」  マンションの隅々まで、メンテが行き届いているおかげだろう。乗り込んだエレベーターも振動なく軽快に動き、あっという間に聖哉の住む階に到着した。 「石崎さん、どうぞ。ピアノ以外なにもないところですが」  そう言って自宅の鍵を開けた聖哉が、俺を中へと促した。 「お邪魔します……」  呑気に足を踏み入れた瞬間、唐突に電気がつけられて、リビングのど真ん中に置かれた真っ白いグランドピアノが、俺の目に飛び込んできた。 「すげぇ……、なんとも言えない圧迫感」  学校などで見慣れてるハズなのに、聖哉の自宅にあるグランドピアノは抜けるような色の白さのせいか、妙な迫力があった。きっとピアノの音色も、店に置いてある安物のピアノとは違うだろう。 「僕ひとりなので、ここにピアノがあっても、全然問題ないんですよ」 「確かに。でも客が来たときは驚かれるだろ」 「そのときは、こっちの部屋でもてなします。あたたかいお茶でも飲みますか?」  リビングに面している左側にある扉を開けて、電気をつけたあとに、どうぞと促されたのだが。 「もう帰る。サオリさんだって俺がここのマンションに入った時点で、心が折れただろうし」 「だったら、徹底的に折りましょう。泊まってください」 「ぶっ!」  サラッとすごいことを言った聖哉は、くるりと踵を返し、反対側にある扉に行ってしまった。

ともだちにシェアしよう!