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シェイクのリズムに恋の音色を奏でて33

「こんばんは。来ちゃいました……」  聖哉はどこか恥ずかしそうに躰を小さくしながら、俺の顔を一瞬だけ見、首を深くもたげてピアノのあるところに向かう。 (午後からコンテストの練習をしたっていうのに、義務でここに来たんじゃないだろうな?)  そのことが気になったので、カウンターから出て聖哉の傍に駆け寄った。 「聖哉、無理してここに来たんじゃないだろうな? 練習で疲れていないのか?」  矢継ぎ早に質問した俺に、聖哉は無言で首を横に振った。 「マスターってば、本当に過保護なんだから。とっととあっちに行って」  すかさず絵里さんが間に割って入り、俺の背中をカウンターに向けて押し出した。 「聖哉くん、来てくれて嬉しい。いつものピアノの音がないと、お店に味気がなかったんだよね」 「そうですか、来てよかった……」 「ねぇリクエストしてもいい?」  絵里さんに押し出された俺は、ふたりの会話に入ることができず、指をくわえてカウンターから眺めるしかなかった。  絵里さんにリクエストされた曲を弾きながら、カウンターにいる石崎さんをチラッと見る。  白いシャツの上に黒いベストを着こなし、背筋を伸ばしてリズミカルにシェイカーを振る姿が格好よくて、素直にいいなと思えた。 『聖哉の大事なところを激しくシェイクして、ミルクを出してもいいんだけどさ』  不意に今朝のやり取りが頭の中に流れたせいで、左手に力が入ってしまい、大事なところでとちりそうになった。 (――ダメダメ、リクエストされた曲に集中しなきゃ!)  小さく頭を振って、黒と白の鍵盤に視線を縫いつける。昼間したコンテストの練習で集中力を使ったせいで、気を抜くと雑念が頭の中を支配しそうになった。 「僕はいつもどおりに、ピアノを弾いていただけだったのに――」  卑猥なことを頭から追い出すべく、コンテストの練習中に言われたことを思い出してみる。コンテストの練習を見てくれるのは父の弟で、僕にとっては叔父さんにあたる。  ちなみに、父方の家系はそろってピアニストをしていた。僕以外の親戚はみんなコンテストで入賞したり、プロとして華やかに活躍している人が多かった。  平凡な僕はどんなに頑張っても、彼らのようにはなれないだろう。だって才能がないのだから――。  それでもダメもとで毎回コンクールに出場している根性は、誰にも負けないつもりだった。  そんな負けず嫌いを発揮しながら、コンクールの課題曲を叔父さんの家で弾いていたら、途中でとめられてしまった。 「聖哉、おまえこれまでいったい、どんな練習をしてきたんだ?」 「……いつもの変わりませんけど」  唐突なダメ出しに、気落ちしながら率直に答えた。 「なんか夜にバーで、ピアノを弾いてるとか言ってたよな。なんの曲を弾いてる?」 「お店の雰囲気に合わせているので、ジャズクラシックが多いです」  僕と端的なやり取りをしたおじさんは、難しい表情で頭を抱えた。

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