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第3話

 すぐさま唇を真一文字に結んで、睫毛を伏せます。  辛抱の足りないことでございました。万一、よがり声が廊下に洩れて、小間使いの誰かが想像をたくましゅうすることがあれば一大事です。おかしな噂を流されでもしたら、家名に傷がつきます。  ですから、こんな手立てがあらかじめ講じられております。丸めた手巾(ハンカチ)が口の中に押し込まれ、その上から嚙まされました手ぬぐいの端が、頭の後ろで結ばれているのです。  旦那さまのなさることに諸事万端ぬかりはありません。にもかかわらず、ややもすると嬌声がほとばしってしまうあたり、木馬の威力を如実に物語っております。  閑話休題。 この三角木馬は、仏蘭西土産(フランスみやげ)です。  元をただせば旦那さまの末の弟君が、三年間の遊学を終えて欧州から帰国なさったことにあるのです。  弟君は、朋貴(ともき)さまとおっしゃいます。旦那さまは、ひと回り年の離れた朋貴さまをそれはそれは可愛がっておいでです。  六尺豊かな美丈夫の旦那さま。  若武者のように凛々しい朋貴さま。  希臘(ギリシア)神話に登場する神々も()くやという、見目麗しきご兄弟です。おふたりが(くつわ)を並べて駈けっくらに興じます情景は、いずれ劣らぬ駿馬のたてがみが風になびくさまも相まって、一幅の絵のようです。  ただ……朋貴さまは茶目っ気がありすぎて悪乗りするきらいがあります。  三角木馬の乗り心地を試してみたい、ついては、お側仕えを吟味役に借り受けたい──。  そんな突拍子もないおねだりを、旦那さまに面と向かって、しかも悪びれたふうもなくなさるのです。  ともあれ旦那さまは、ふたつ返事で承諾なさいました。と、申しますのも旦那さまが手とり足とり教えてくださるというのに、乗馬の腕前は一向に上達しないのです。  渡りに舟だ、模擬練習に用いるに打ってつけのこの木馬で稽古に励むがよい、との仰せです。おっしゃるとおりです。木馬ひとつ乗りこなすことができないようでは、お側仕え失格です。  ですけれど、ですけれど……。  淫水がいっぱいに溜まって……おちんちんが、おちんちんが破裂しそうです。 ただし画仙紙を裂いて()ったが鈴口に挿し込まれておりますうえに、茎は細紐でぐるぐる巻きにされています。  朋貴さま曰く「前衛的な装飾」とのこと。洋行帰りの御方は万事につけてハイカラで、感性もひと味違います。  ともあれ先述したとおりの封印が、茎になされております。先走りの雫がどれほどにじみましても、射精()したい放題に淫液をまき散らすことは金輪際、許されません。  もっとも、木馬の動きはいたって単調です。メリハリの利いた旦那さまの腰づかいには、遠く及びません。  ぐぬりぐぬりと内奥を攻め抜かれて蛇の生殺しに身悶えしつつも、すんでのところで持ちこたえられますのは、張り形は所詮、まがい物にすぎないからなのです。

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