30 / 32

第30話

    〝昇級試験〟の後日談を少々  畝織りも麗しい鳥打ち帽の糸くずを、入念につまみ取ります。  (つば)の形を整えましたそちらの帽子を、旦那さまのおつむりへ。英吉利(イギリス)原産の猟犬を従えました旦那さまは、惚れ惚れします男っぷりでございます。  春霞がたなびきます本日、遠乗りのお供を仰せつかりました。朋貴さまも同道いたします。サンドゥウィッチやら、珈琲(コーヒー)を入れた水筒を(とう)の籠に詰めて持っていきますので、西洋風にいえばピクニックの(おもむき)です。    鷹宮家の地所といえば、このあたりの丘陵一帯を指し、とにもかくにも広ぅございます。ちょうど今時分は若草が萌える野山と、()き起こしが始まりました田んぼが福々しい対比をなし、目も綾な光景が広がります。  また、鬱蒼とした森に分け入りましたら、そこは鹿の餌場。猟銃を一挺携えていけば獲物に事欠くことはありません。  正午を告げるドンが鳴りましたら、小川のほとりで休息を取る予定です。  小鳥がさえずり、せせらぎが歌うそこは、旦那さまのお気に入りの場所です。緑陰に憩いますそこは、しだれ柳が天然の四阿(あずまや)を形作り、午睡にたゆたうさいの(しとね)にふさわしい場所でもあります。  ところで旦那さまが、他言は無用と指切りげんまんで念を押されたうえで、こんなことを教えてくださいました。  朋貴さまは実は寝所におきましては、男性と女性(にょしょう)、どちらの役を務めますのもイケる口でいらっしゃるとか。  そう、あたかも〝ふたなり〟であらせられますかのように。  奇妙奇天烈な内証話に、間が抜けた相槌を打つばかり、首をかしげるばかりでございました。すると旦那さまは、 「ネンネのおまえには理解しがたい話であったか」  藪蛇かと、おっしゃりたげに口髭をしごかれつつも、嚙みくだいて説明してくださったのです。  朋貴さまの秘密、と申しますのは旦那さまによりますと。 稚児を刺し貫きますと同時に、朋貴さまご自身も肉棒を銜え込んで殿方にひぃひぃ言わされますというやり方を、こよなく好んでいらっしゃいますとか。  サンドゥウイッチに喩えますれば、具材の立場で愉しまれるのがお好きと、そういうことなのでありましょうね。  ちなみに朋貴さまは、一挙両得といえますこの技芸を、遊学先の仏蘭西(フランス)で会得なされましたとのことです。  とまれ、色の道は奥が深ぅございます。  旦那さまに満足していただけますよう、朋貴さまを見習って、もっともっと精進せねばなりません。  あやつは享楽主義者──エピキュリアン──だ。  旦那さまは、苦笑交じりに弟君をそう評されたものです。そして燗酒をぐびりと召しあがられますと、切なさと、ほろ苦さがない交ぜになりました口調で言葉をお継ぎになったのです。

ともだちにシェアしよう!