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第31話

「〝花〟を散らすのは唯一、わたしでなければならぬ。その条件を覆すことはまかりならぬが、朋貴が筆おろしの相手であれば、のちのち面倒なことにはなるまい。いついつまでも初心(うぶ)なおまえであれと(こいねが)うのはわたしの我がままで、しずはも童貞を卒業してもよい年頃だ」  自嘲的な嗤いで締めくくられたあとで、おでこをついばんでくださり、胸が、きゅんといたしました。  ですけれど、あの問わず語りに込められておりました旦那さまの真意は、どこにあったのでしょうか? 何やら謎かけのような、含みを持たせたおっしゃりようでありました。  ただ、思慮深くていらっしゃる旦那さまでも、頓珍漢なことをおっしゃることがあるものなのですね。童貞を卒業するも何も生涯にわたって妻を(めと)る気など、さらさらありません。  旦那さまは現人神(あらひとがみ)に等しい御方。遠い遠い、はるか遠い未来に旦那さまが身(みまか)られましたときには、その場で腹をかっさばいて旦那さまに殉じとうございます……。  話がたびたび脱線いたしまして、申し訳ありません。余談ではありますけれど、軌道修正を図ります前に、ひとこと申し添えますことをお許しいただきたい事柄がございます。  旦那さまと朋貴さまのイチモツを舐め分ける〝当てっこ〟にしくじりました件についてなのです。  実は、あれには種がございました。  カラクリは、いたって単純なものでした。  こうして目をつぶりますと、記憶が鮮明に甦ります。では時間を巻き戻しまして、(くだん)の場面に焦点を合わせてみましょう。  おふたりのイチモツを舐め較べてみましたあとで、舌舐めずりをしながら後味をうっとりと反芻しております自分の姿が瞼の裏に映し出されます。  お尻丸出しの我ながら浅ましい姿をさらしておりますせいで、周りの出来事に注意が至らぬ様子。  と、そのとき旦那さまと朋貴さまが目配せを交わされます。ほんの一瞬の隙をつきまして密やかに、且つ素早く席をお立ちになり、腰かけておりました位置を右と左に入れ替わっておしまいになります。  要するに、お側仕えとして未熟でありますばかりに、稚気に富まれました、おふたりの術中に陥ることになったのです。  うすのろぶりは別にしまして、日ごと夜ごと陽根をおしゃぶりすることで培われた感覚は、伊達ではありません。  旦那さま曰く、「舌でひと掃けして得たものを以て判断材料とせよ」。  そういった制約が課せられておりましたなかで、どちらのイチモツが真に旦那さまの美竿(うまざお)であるか、第六感は正解を告げていたのです!  合格点を与えるに足るか、味蕾の精度を試してみた。そのような深い考えに基づきまして一計を案じられましたのは、もちろん才人として名高い旦那さまです。  実に芝居気たっぷりな、意表を衝いたなさりようではございませんか。  そうそう、うれしいことがございました。抜き打ちの試験に合格したご褒美に近々、家令見習いの証しであるフロックコートを賜ることになったのです。今後はお側仕えの職に励むかたわら、帳簿のつけ方などを学んでまいります。  閑話休題。  馬の支度が整いました、と召使いが告げにやってまいりました。うなずきかけてくださいます旦那さまにつき従って、車寄せへと向かいます。  使用人が扉の両脇に整列いたしまして、旦那さまをお見送りいたします。その脇をすり抜け、おまえ用に、と拝領いたしました牝馬のもとに急ぎます……と。 「……ぅ……」  腰が独りでにもぞつきはじめます。冷徹な眼差しを向けてこられる旦那さまに一礼を返しまして、ことさら背筋を伸ばします。お弁当が入っております藤の籠を小間使いから受け取りますのももどかしく、足早に車寄せを横切ります。

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