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Ⅲ 雨のスクリーン②

……「もしもし」 長い沈黙の後、それだけ言うのが精一杯だった。 「すみません。少し気分が悪くなって外に出たら、雨に降られちゃって」 今どこだ?……って、先輩の声が耳元で尋ねる。 「家……です」 帰宅した事にしてしまおう。 そしたら今夜はもう会わずに済む。 明日、会社で謝って、そしたらいつも通りになる。 いつも通りになれる。 ……『家の前にいる。少し出て来れないか』 なんでっ? 先輩が俺の家まで来てるっ!! 「俺ッ」 会えない。 家にいるなんて嘘だから。 先輩、俺はここ…… ほんとうは街の中で一人、電話ボックスに閉じこもってる。 ……『結羽?』 俺の名前、呼ばないでくれ。 先輩の声が苦しくて…… 胸をぎゅうって締めつけるから。 「ほんとに…具合が悪いんです」 声が震えてるの、自分でも分かる。 『結羽?……泣いてるのか』 ちがう! 俺が、あなたの声で泣くなんて。そんなのっ ガシャンッ 電話台が派手な音を鳴らした。 ぶつけた腕がじんじんしてる。 「ごめんなさいっ」 通話ボタンを押していた。 声の聞こえないスマホを握りしめている。 電話台から落ちた緑色の受話器がぷらん、ぷらん…… コードを垂らして揺れている。 コツコツコツ 雨がガラスを叩く。

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