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Ⅲ 雨のスクリーン⑥

唇が触れたのは、俺の唇じゃない。 「しょっぱい」 暖かな唇が頬から離れた。 「泣かせてごめんな」 ……俺、泣いてたんだ。 涙の跡にそっと触れてみた。航雅の温もりがそこに残ってるみたい。 俺の手に重ねるように、大きな掌が頬を包む。 「俺のキス、どうだった?」 「分からないよ」 「お前が『したい』って言ったんだろ」 「そうだっけ?」 恥ずかしい。 言ったの覚えてるけど、知らない振りする。 「そんな事言うと、ちゅーするぞ」 「ワァっ」 尖らせた唇を突っつかれて、のけ反ってしまった体を抱き止められたけど。 なにぶん電話ボックスに男二人は窮屈なんだ。 ゴツン! 後頭部、思いっきりガラスにぶつけてしまった。 「痛ッてー」 「アハハハハ」 「酷い!」 「結羽のそういうところ好き」 航雅……俺のこと嫌いだって、言ったのに。 「大好きだから、お前の中に俺以外の男がいるのが許せない。 愛しているから、お前を泣かせた俺が大嫌いだ」 「嫌いになるな!」 だって俺は、 「お前が」 しっ、と…… 唇に指を当てられた。 航雅の人差し指 ……「振られちゃったな」 形良い唇が無理矢理、弧を描いた。 刹那に甦る。 溢れてくる。 胸が熱くて、焦がれる想い 思い出した。 はっきりと (俺も、同じ) 記憶がわき起こる。 心の底、足りない場所が足りないって、叫びを上げた。 「振られちゃったんだ」 先輩に……俺、振られちゃった。 胸が痛い。 切なく軋む。 だけど、今はそれさえも大切だって感じる。 大切な想い どんなに胸が痛くても、この痛みは先輩が好きだという証だから。 もう忘れたくない。 忘れない。 悲しくても、切なくても。 大好き 先輩が好きだから、この気持ちを嫌いになっちゃいけないんだ。 この気持ちごと、先輩が大好きです。 くるくる……って。 左の手首に赤いリボンが巻かれていた。 「なぁ、俺がどうしてお前がここにいるか分かったと思う?」 電話台に置かれていた赤いリボンを俺に巻きながら、少し悪戯っぽい視線を航雅が手向けてきた。 「中條サンが指示したんだよ。受話器の落ちる音が聞こえた、って」 「あっ」 動揺して、俺…… 電話にぶつかったんだ。 「『俺が行っても結羽を困らせるから』……って。だから俺が探したんだ。今どき電話ボックスなんて、ある場所限られてるからな」 くしゃ 大きな手が頭を撫でる。 「ちゃんと振られろよ」 「それって」 「あの人に借りを作りたくないってのもある。でも、それ以上に」 結羽、お前に後悔してほしくない。 「お前が大事だから」 がんばれ 電話ボックスの外に降る雨のように、声もなく。 唇の形だけが、その言葉を伝えた。 「ありがとう」 「お前を奪い返すよ」 赤いリボンを結んだ手首に口づけを落とした。 「それが俺の恋だから」 諦めない。……って言った航雅。 心には足りない場所があって 埋めても埋めても、まだ足りない。 愛しくて、愛しくて あなたを愛しく想う気持ちが溢れる場所だから 足りないままでいいんだ 満たそうと思う度、あなたを想い、優しくなれるから 行ってくる。 先輩に俺の気持ち、伝えるよ。

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