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第10話

しょうがないことなのだが。 ドラマの撮影というのはどうにも待ち時間が長い。 待ち時間を全部纏めてもらえれば、家に帰って換気扇の掃除ができるのに、などとどうしようもないことを考えてしまう。 今は今で次呼ばれる時間が読めず、楽屋に戻るのも面倒なため健太郎は前室で台本を眺めていた。 楽屋は個々に与えられている部屋だが、前室はスタジオ前の小さな待合室みたいなもので誰彼構わず入ってくるからコミュニケーションを取りたいときなどはいいのだが、どちらかというとあまり他の出演者と関わらないタイプの健太郎はそれほど前室を利用しない。 「ケンタくん、台本に難しい漢字でもあった〜?」 案の定、一人の出演者がにこにこと近づいてきた。 ーー成田真央、人気アイドルデュオSpicyMildの片割れだ。 誰からも愛されそうな可愛い笑顔を浮かべて、プライベートではひどくシニカルな事を言う。 くっきり二重のくりっとした目と形のいい唇を持つ中性的な顔立ちと、細身の体系はいかにも少女が熱中しそうなアイドルと言った雰囲気だ。しかし、その黄色い声を上げて夢中になっている少女たちを見て、カメラが回っていないところでは「ぼくの方が可愛い」などと平気で言う。どんな性格なのかは推して知るべしというところだ。 動くたびにふわふわとした明るめの茶髪が揺れる。 過去に数回共演したことがあり、また、たまたま健太郎と年齢もデビュー年も一緒ということで(但し、昔から訓練生として芸能界にいたことを加味すると健太郎よりよほど長い芸歴なのだがそれは無視していいらしい)、以前から何となく親しい、健太郎のこの世界の数少ない友人…と呼べるかどうかわからないが、そんな人物である。 無愛想な健太郎と違いよく喋る人間で、本来なら健太郎が親しくなるタイプではないし、しかも愛想がいいからと言って性格がいいかと言われれば決してそんなことはない。 だが、頭の回転が速いところや、歯に衣着せぬ物言いをするところは嫌いではなく、いつの間にやらお互い遠慮なく言い合う間柄になっていた。 「真央の台本は全部ひらがななんだろ」 こういう健太郎の皮肉にも全く嫌な顔をみせず、笑顔で 「ぼく、ケンタくんのそういうとこ好きだよ」 と返してくる辺り、やはり相当ひねくれたヤツだ、と健太郎は思う。 「ね、誉田さんは?」 「は?誉田?なんで?」 思わぬところで春一の名前が挙がり、思わず健太郎は台本を見ていた顔を上げた。 プライベートでは「ハル」と呼んでいるが対外的には誉田と呼ぶよう指導されている。 「誉田さんがよかったんだけどなー、ま、いっか。ケンタくん今日撮影のあと仕事入ってる?なかったら飲みに行こうよ」 「あー…」 「その予定を聞きたかったんだよぉ、誉田さんに!ケンタくんたまに嘘つくじゃん」 「…嘘はつかねーけど…」 確かに面倒くさいからと断ることは多々ある。 先に春一から言質を取ろうという算段だったらしい。 「帰ったら換気扇の掃除したかったんだよなー…」 「は?ぼくの誘いと換気扇を天秤にかけるとか信じらんない。じゃ、決まりね〜」 「……勝手に…」 非難の視線を向けるが、真央に刺さる様子はない。 もはや店に予約の電話をかけている模様だ。 はぁ、と一つため息をつく。 こうなってしまっては断るのも逆に面倒で、仕方なく誘いを受けることにした。 撮影が少々押し、予定より遅いスタートとなってしまったが、真央との飲み会は決行された。 春一に真央と飲みに行くことを伝えると、二、三度目をぱちぱちさせて、「あ、うん、楽しんできてね」と言われた。 口には出さなかったが顔に思いっきり「意外」と書いてあった。 そういえばこの業界で誰と親しいとか、そんな話はあまりしたことがなかった気がする。 となれば、この我ながら想定外の組み合わせに春一が驚くのも無理はない。 予約してくれた店は真央がよく利用するバーらしく、到着するや否や個室に案内された。 個室はわかる限り3室と、広くはないカウンターがあり、バーテンダーの背後には所狭しと様々な酒が並んでいる。カウンターには3人ほど客が座っていたが、薄暗い店内でどんな人が座っているのかまではわからない。 ただ、雰囲気からして落ち着いて、それなりに立場のありそうな人に見えた。 シンプルでセンスのいい調度品で囲まれた店内。もちろん安い店にあるようなソファの継ぎはぎなどはない。 「ケンタくんの仏頂面にかんぱーい!」 そんな店内で男にしては少し高い真央の声が、いつもより少し落としたトーンで響いた。 「……」 健太郎は無言で、薄いグラスに注がれたビールを口に付ける。 真央は一杯目から赤ワインをボトルで頼んでいた。 「ケンタくんアクションシーンも多いし撮影大変でしょ」 「まー…あ、でも体動かすのは嫌いじゃないから」 「ほんとー。ならウチの事務所くればよかったのに〜。しょっちゅう体動かしてるよ」 確かにたまにテレビの歌番組で見かける真央たちは、いつも歌って踊ってそれはそれは大変そうである。 「冗談。オレが歌って踊れるとでも…」 「音痴なの?」 「フツー…でも別に上手くはない…」 健太郎の反応に、何がおかしいのか真央はケタケタと笑っている。 何だろう、こんなどうでもいい話をするために誘われたのだろうか。 まあ、別に飲みに行くのに何か理由が必要なわけもないのだが、あまりに他愛ない雑談というものが得意ではない健太郎は、こうしていることの何が楽しいのかわからないし、もっと言えば時間の無駄な気がしてしまう。 それにぶっちゃけてしまえば、換気扇の掃除より何より、春一と一緒に居られる時間を搾取されているのが一番苛立つ。 「あー、ケンタくんが早く帰りたいって顔してる〜」 「…まあね」 「うっそ、そこで否定しない人初めて出会った!」 「取り繕っても仕方ねーだろ」 「傷付いた〜ぼく傷付いた〜!」 「……」 大げさにショックを受けたような顔をする真央に辟易し、思わず大きなため息を漏らす。 「ま、いいや」 真央はテーブルの端にある独特なパッケージの黄緑色のタバコの箱を手にし「いい?」と健太郎に見せる。 どうぞ、と合図をするとタバコを咥え、火をつけた。 ふぅ、と紫煙をくゆらすと、少し落ち着いたようだった。 健太郎と同い年であるのに、喫煙する姿はなかなか堂に入っている。 外ではあまり吸わないようだが、こうやってアルコールが入ると真央はほぼ必ずタバコを吸う。 ワガママお姫様に見えても、一応仕事柄気を遣っているのかもしれない。 何度かそうしたところで、あ、そうだ、と真央が口を開いた。 「ケンタくんゲームしよ、ゲーム」 「なんの?」 「こう…「いっせーのイチ!」とかやるやつ」 そう言って真央が親指を上にして軽く握った両手をだす。 二人で4つの親指を「いっせーの」で何本上がるか当てる単純なゲームだ。 「いいけどさぁ、それオレ勝ったら帰っていい?」 「ん?いいよ?」 そう言うと真央はタバコを灰皿に置いた。 嫌だとかふざけるなとか文句を言われるかと思ったら、真央は案外素直にその提案を受け入れてくれた。 理由はすぐにわかる。 「その代わりぼくが勝ったらケンタくんの秘密を教えてね」 交換条件…にしては不思議な条件である。 「秘密…?別にそんなもんね…」 健太郎の言葉が終わらぬうちに、真央が高速で攻めた。 「いっせーのいち!」 「あ!おまっ、最低だな!!」 「ふふ…油断しているケンタくんが悪いんだよ…」 仕方なくそこからゲームに参加したものの、結果健太郎の負けだった。 「わーい、ケンタくんの秘密ゲット!」 両手を組んで顔の横に置き、おねだりをするように首を傾げる。 そうされても健太郎は何の感慨もないが、こういうポーズが似合うのはひねくれ者とは言えさすが今をときめくアイドルだな、くらいには思った。 「いや…だから別に秘密なんてねぇよ…」 「ん?じゃあ特別にぼくの秘密を教えてあげよう」 「いや、いらねぇし…」 「公式サイトには171センチと書かれているけれど今年の健診では169センチだった…」 「2センチ」 「サバ読んでる…」 思わず息が合ってしまって二人で吹き出してしまう。 「で?ほら!ぼくが言ったのに男らしくないよ!」 「だから、秘密なんてねぇし…どんな秘密が知りたいんだよ」 健太郎がそう言うと、真央は上目遣いにワイングラスの淵を意味ありげに撫でながら 「んー」 と呟く。 真央がこんなにもじもじしているのは珍しい。 「単刀直入に聞くけど」 「お前はいつも単刀直入だろ」 「ん…」 真央の言葉を待つ間に健太郎をビールを流し込む。 気がつくとだいぶぬるくなってしまっていた。 「誉田さんとはセックスしたの?」 ぶっ! 健太郎は思わず口の中にあったビールを盛大に吹き出し、更に咽せた。 ごほごほ、と苦しんでいる健太郎に向かって「大丈夫?」と言うより先に「やだー!きたなっ!」と顔を顰めている。 これだ。この男はこういう男だ。 「ね、どうなの?ビール吹き出してもぼくはごまかされないからね!」 「ば、馬鹿か!何でハルと…」 「だって好きなんでしょ?誉田さんのこと」 「は…はぁ?」 もちろんだが、健太郎は自分の気持ちをこんな真央のような、バレたらとんでもないことになる男に話したこともなく、それどころか誰にも言ったことはない。 慧佑だけは勘付いているようだが、それもあくまでお互いなんとなく勘付いているだけであって、実際口にだして好きだの何だのという話になったことはない。 にも関わらず、真央は断定口調で次から次へと爆弾を投げてくる。 「好きな人と同棲しててセックスしないとか、あるの?」 「ちょ、ちょっと待て。何でそういう…」 「んー?」 真央は楽しいオモチャを見つけたかの如く目を輝かせている。 「ぼく、人間観察が趣味だから見てるとわかるんだよね、そういうのなんとなく。特に人の恋路を観察するのが楽しくって!ケンタくんはその中でもすごくわかりやすい方」 わかりやすい、と言われて他の人にもバレているのだろうかと内心ひやっとする。 その心すら読んだように真央は手をひらひらさせながら「だいじょーぶだいじょーぶ」と言っている。 「たぶん、気がついてるのはぼくと…五香さんくらいかな。たぶんね」 あーそうですか…と思わず心の中で悪態をついてしまう。 こんなの、さっきのお手軽なゲームで曝け出せる秘密ではない。 健太郎の中でトップシークレット中のトップシークレットだ。 「なになに、お酒足りない?」 そう言って真央は空になった健太郎のビールグラスに勝手にワインを注ぐ。 「…してるしてないの前に付き合ってもねぇよ…」 苦い顔で髪を搔き毟りながら健太郎がぼそっと自白した。 言ってすぐ「好きじゃない」と否定すればよかった、と思ったが、嘘でもそう言うのは憚られた。 「お。やっぱり」 「やっぱりって…」 知ってて揶揄ってきたのか。 この性格が映るカメラがあるのなら撮ってこの腹黒さをアイドル雑誌に大公開してやりたいものである。 「告白もしてないんだよね?」 「…できるわけねぇだろ…」 「んーもうじれったいなぁ…」 口を尖らせているが、人の恋路を何だと思っているんだと言いたくなる。 少なくとも真央のオモチャではないのだ。 「ぼくはねぇ、これでもケンタくんを応援してあげようと思ってるんだよ」 そう言いながら真央は何やら自分のトートバッグをガサゴソと探っている。 恩着せがましく言うがもちろんそんな言葉は信じていない。「応援する」ではなく「オモチャにする」の間違いであろう。 ビールグラスに注がれたワインと適当なつまみを口にしながら健太郎は深呼吸をした。 「はい。プレゼント」 特徴的な星形のスタッズが付く真央のバッグを何とはなしに見ていると、そこから何かを取り出しドン、とテーブルに円柱形の物を置く。 「なに?」 健太郎はガッとワインを呷いだ。 「ローション」 ぶっ、とまた口の中のワインをぶちまけると、ギャと真央が軽く悲鳴を上げ、目を見開き信じられないという顔をした。 「サイテー…!ワイン付いたら落ちないんだから…!」 「サイテーなのはどっちだ!!」 「はあ?ケンタくんに決まってんでしょ?!」 もー、としかめっ面をしながら手元のおしぼりで服を拭いている。 「あのなぁ…」 イラついているのか恥ずかしいのか何がなんだかわからないが、指先でテーブルをトントントントン、と叩いてしまう。 「なに?」 「人をおちょくるのもいい加減に…」 「えーなにそれ心外!」 一通り拭き終えたのだろう。真央がおしぼりをテーブルに戻した。 「ケンタくんも使ったことある?」 コレ、と真央がローションを指差している。 「だから、そういうところが…」 そこまで言って「ん?」と真央の言葉の違和感に気付く。 ーーケンタくん『も』? 相変わらず真央は目の前で気がついた?とばかりに「ふふふ」と不敵な笑みを浮かべている。 「ぼくゲイだから」 運良く今度は口の中に何も入っていなかったおかげで、吹き出さずに済んだ。 たぶん、口に入っていたらまたも思いっきり吹き出してしまっていたに違いない。 今日は何かと衝撃的なことばかりで、健太郎にしては珍しく動揺し続けている。 「あ、これは本当に秘密ね。マネージャーにも|爽《そう》にも言ってなくて、ほんっとうに限られた人にしか知らないんだ。でもほら、ケンタくんは男の人が好きみたいだから、いっかなって。お互い秘密の人質だからね」 ちなみに爽とは真央の仕事のーーアイドルデュオのーー相方である。 「…い、言ってないんだ」 「だってぼくがゲイだって知ったらマネージャーに男性と遊びに行くのも禁止されるかもしれないし、爽だって自分の相方がゲイだって知ったら仕事しにくくなりそうじゃん?あ、ちなみに爽は全然タイプじゃないから知られたってぼくは別にどうでもいいんだけどさぁ」 誤解されんの面倒くさいんだよねー、と付け足した。 「ケンタくんはゲイ?あ、でも女の子と撮られてたってことはバイ?男の人とやったことあるの?」 「ねぇけど…」 唖然としている健太郎に真央は楽しそうに次々と質問を浴びせてくる。 「無いか。タチネコどっち?んーまあ誉田さんを見る限りタチだよねぇ。あ、入れる方と入れられる方どっちがいいかってことね。」 「…」 「あ、ケンタくんなら、特別に相手してあげてもいいよ。見た目は嫌いじゃないから。どーーしても男を抱きたかったら言って。もしくは本番前に教えてほしかったら。あ、一応言っておくけどぼくネコだから」 「結構です」 健太郎が断ると、「一途だなぁ」と言って、またふふふと笑っている。 「入れるときは丁寧に解してあげるんだよ。痛いから。慣れないうちは特に」 コレでね、そう言ってテーブルの上のものを片手に持って顔の横に据えると、訓練された笑顔を向ける。 真央がこうすると、何か清涼飲料水のCMのようであるが、手にしているのはセックスのときに使用しろというローションである。 とんでもないアイドルが身近にいたもんだと健太郎は渋い顔をした。

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