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知られざる真実

翔也が高校生になった時、兄の涼は大学を卒業し、出版社に就職した。父親の武範はしょっちゅう『そんなところは辞めて俺の会社に入ればいい』と言っていたが、涼は聞く気などなさそうだった。 ただ翔也は父親が言うように、涼は今の会社を辞めた方がいいんじゃないかと本気で心配していた。それは4月の終わりくらいから、涼の様子が明らかにおかしくなったから。 涼が大学4年の去年秋以降、卒論で忙しいと言ってよく家を空けていたが、たまに会うとほんとうに朗らかで楽しそうにしていた。 『兄さんを知らない人は、完全に女の子だと思うよ。めっちゃ綺麗だった』 学祭で観たハロウィンパーティ映画の涼の魔女姿を褒めると、恥ずかしがってはいたがそれでもどこか嬉しそうに笑っていた。 『恥ずかしいけど、まあ出来はそんなに悪くないかなって思ってる。吸血鬼役の奴が監督なんだ。俺の友達なんだけど、中々カッコいい吸血鬼だっただろう?』 『う、うーん、俺は兄さんばかりに気を取られてたから他の人の顔まで覚えてないけど』 『そっか。でもほんといい奴だから今度翔也にも会わせたいな』 余り感情を露わにしない涼が、友人を弟である自分に会わせたいと楽しそうに言う姿が印象的で、この時の会話を覚えている。 4月に入っても最初の頃は変わらなく元気にしていたのに、後半になると涼は無口になり仕事以外部屋からほとんど出て来なくなった。 朝は喫茶店でモーニングを食べると言って早く出て行き、夜は食べて来たと言ってすぐに部屋に籠る。 ゴールデンウィークになった。それまで朝早く出て、夜遅く帰ってくる涼と物理的に会えなかったが、連休になれば会えると翔也は期待していた。 しかしゴールデンウィーク初日、涼は取材だったと朝帰りし、やはり部屋から出て来ない。 父の武範も出張とかで帰って来ず、翔也は母の由美に涼について相談する。 「母さん、兄さんは大丈夫かな?就職した先はブラック企業とかじゃないの」 「うん、お母さんも心配で。お父さんに相談したら辞めさせればいいって言うし」 「1週間くらい前からほんとに酷いよ。家なんて寝に帰ってるだけだったけど、休みの今日も部屋に籠りきりで」 「とりあえずリンゴでも持っていって、様子見てくるね」 「あ、俺が持っていくよ」 翔也は母の由美がむいた林檎を持ち、涼の部屋をノックした。

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