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重なる想い
翔也は高2の夏休みを迎えていた。
父は地方のホテルの視察に行くと昨日から不在。母の由美とお手伝いの真紀さんは、お気に入りの俳優が出ているという舞台を観に、午前中から出掛けると事前に聞いていた。
そして涼。今日は土曜日で涼の会社は休みだが、やはり昨日の夜は会社の飲み会で遅くなるという連絡があり、翔也が起きている間に帰宅する事は無かった。
ふぁーと欠伸しながらリビングに行くと、涼がソファに横たわっている。
「にいさ…」
声をかけようとして眠っている事に気づいた。前のテーブルには飲みかけのペットボトル。髪はまだ濡れている。室内用のラフなTシャツとズボン。
飲み会から結局朝帰りになり、シャワーを浴びてソファで休憩しているうちに、ウトウトしたのだろうと思う。
そばに行き、自分も同じ目線になるようにしゃがみ込んだ。
「男なんだけど…」
小さく呟く。
涼は昔から整った綺麗な顔をしている。閉じたまつ毛が長い。白い肌に形の良い桃色の唇。翔也が涼を意識したのも学生映画の中の女装姿だった。しかしやはり男なのだ。喉仏はあるし、筋肉質な身体つき。綺麗でも男なのに、どうしてこんなに惹かれるのだろう。
涼は眠っている。
改めてその事実を自覚すると、急激に動悸が激しくなった。
髪に触れたら起きるだろうか。その薄桃色の唇に触れたら…翔也は更に涼に近づく。
ん?なんだこれ…?
涼の両腕は顔の前あたりに交差するように置かれており、近づいてその手首に赤黒い痕があるのに気づいた。まるで手錠とか縄とかで縛られた跡みたいに、手首周囲ぐるりと痕がある。
どうしたんだろと躊躇いより疑問の方が大きくなり、指でその痕に触れる。途端に涼が目覚めて、バッと起き上がった。しかも起き上がった時にどこか痛めたかのように、辛そうに顔をしかめる。
余りに激しく涼が反応したので、翔也の方がびっくりした。
「兄さん…?」
「あ…翔也…」
「大丈夫?」
「う、うん、ちょっと寝てた…」
「うん、会社の飲み会だったんだろ。疲れた?」
「まあな。でも大丈夫」
「兄さん…」
「うん?」
「その手首、どうしたの?なんかあざになってる」
「ああ…」
涼は両手をソファに座っている両足の下に挟むようにして、翔也の目に手首が見えないようにした。
「昨日、飲み会でフラついて、倒れそうになって手で支えたんだ。その時かなぁ。自分でもわかんないよ、結構飲んでたし」
飲んでたを強調する割に、涼は酒臭い息も無く二日酔いには見えない。起き上がった時の顔のしかめ方といい、飲み会に参加してたというより、酷く重労働して筋肉痛でもあるかのような、そんな疲労に見えた。
「何度も言っているけど、兄さんの会社大丈夫なの?そりゃ仕事は大事だけど、うちはさ、そこまで無理して働かなくてもいいんじゃないの?」
「大丈夫。会社を誤解してるよ、ブラックとかじゃないから」
涼は翔也に笑顔を見せる。ただ翔也には、その笑顔が無理して作り出されたものに見えて仕方なかった。
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