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タオルで髪をぬぐいながら脱衣所を後にする。洗ったばかりの髪から雫が滴った。
「悪い。助かった」
「……おー」
共用スペースにいる二村に声を掛けると、なんとも形容しがたい表情を返される。理由がわからないままにシャツのボタンを一、二個緩める。シャツからは仄かに二村の柑橘系の匂いがした。
ここは308号室。二村の部屋だ。
というのも、俺の言葉を間違って解釈した二村が自分の部屋に連れてきてくれたのだ。204だと自分の部屋番号を告げるよりも早く俺を肩に担ぎ、二村はこの部屋に入れてくれた。そこから、二村の動作がどこかぎこちない。
俺の着ているシャツのサイズが合っていないのを見て、慌てたようにパッと視線を外す。俺自身のシャツは、雨で落ちてしまったヘアカラースプレーが黒く付着していた。着るものがなくなった俺に、二村は自分のシャツを貸してくれたのだ。お人好しすぎやしないだろうか。
「デカイな」
唐突な言葉に戸惑うが、先ほど見ていたシャツのことだろうと見当をつけ返事をする。
「あぁ。でも助かる。汚れたシャツの処分まで任せちゃって悪いな」
「別に」
やはりどこかぎこちない。さっき初めて会ったばかりの人物の具体的にどこがおかしくなったかなんて分かるはずもないが、何やら緊張しているようである。
「部屋に誰か連れてくるの初めてとか?」
「あ゛ぁ? ……あー…、まぁな」
原因を探ろうと適当に当たりをつけた俺の言葉に、二村は眼光強く睨みつけてくる。しかしその直後、何かに気づいたような顔をし、渋々首肯してみせた。
「ふーん、そっか。じゃ、部屋に来たオトモダチは俺が第1号か」
「誰がオトモダチだ、抜かしてんじゃねぇ」
「ハイハイ俺はただの通りすがりの風紀副委員長様ですぅ」
「はっ、お前が風紀かよ。似合わねぇ」
「どこがだよ。強くて優しくて? 完璧だろうが」
「お前が優しかったらみんな優しいわ」
嘲る言葉に破顔する。言い得て妙だ。
「まぁ、確かにな。俺より二村の方が優しい」
二村が呆気にとられた表情で固まる。顔の前で手を振ってみせると頭を叩こうとしてか手を彷徨わせる。俺が先程頭を叩かれぶっ倒れたのに余程驚いたのか、彷徨った手は結局腰を叩いた。
「俺は、F組だぞ」
押し殺した声で告げられる。何が言いたいか理解した上でさらりと無視する。
「あっそ。俺はA組」
よろしくね、と笑うと二村はわざと嫌そうな顔をした。
「っていうかその人相の悪さでS組とか言われたら笑っちゃうよね。ギャグかってぇの」
「うっせぇぞクソが! 表出ろや!」
「あ、そうだそうだ。そろそろ仕事戻らないと」
腰を上げ出て行く支度をする。とは言ってもしまい込んでいた風紀の腕章を付け、ウエストバッグを装着するくらいだ。
さっさと帰る支度をし、玄関へと向かう。重い足取りながらも二村は玄関まで来てくれる。
「何、見送りしてくれんの? 優しい二村くん」
「自惚れてんじゃねぇわ! 戸締りするためだっつーのッ」
嫌がることを知っていてわざと優しいと言うと、案の定二村は噛み付いてくる。耳が赤いから、もしかしたら嫌がっているだけじゃなく照れもあるのかもしれない。少し苛めすぎたか。
靴を履き、振り返る。
「じゃ、ありがとな二村。風紀の世話になんなよ」
「抜かせッ」
ハンッと鼻を鳴らす二村。その顔が少し寂しそうに見えたからだろうか。二村の頭に手を置き、髪をかき混ぜる。
「ハァ!?? なっ、ハァ!?」
「……ついてくるか?」
今度ばかりは顔全体に赤みがさした二村に、声を掛ける。喚いてた二村は息を詰まらせ黙りこくる。僅かに表情を崩した二村は、それからわざとらしく眉根を寄せ不機嫌そうに口を歪めた。
「てめぇがついて来てほしいんだろうが」
「さー、どうかな。菖が来たいなら来いよ」
世話はみねぇけどな。
そう嘯くと、やっぱ優しくねぇと二村はふてくされる。そりゃそうだろう。曰く俺が優しかったら誰でも優しいそうだから。
ニコリと嫌味なほどに笑ってみせると、二村は口角を歪めそっぽを向く。唇を尖らせて拗ねるなんて子供みたいだと言ったら怒られるだろうか。
「さっ、行こうか二村くん」
「気色悪りぃ」
「ひっでぇの」
ストレートな暴言に笑みをこぼす。強張っていた心がすっかり穏やかなものになっていることに気づき、思わず二村の頭を撫でた。
「ありがとな」
「はぁ……意味わかんねー」
困惑し目を泳がせる二村にクスリと笑うと、苦々しそうな顔をされる。
ふと時間を見ると、もう閉会式の終盤に差し掛かっている頃だった。式の流れは確か生徒会長の言葉、風紀委員長の言葉、総評、結果発表、景品贈与の順だったはずだ。今はちょうど総評が終わったあたりだろう。そうと分かれば急がなくてはならない。
「景品贈与には間に合いたい。急ぐぞ二村」
「ハッ、余裕!」
声を掛けると噛みつかれる。風を切り走り出すと、シャツから柑橘系の香りがまたフワリと香った。
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