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 江坂が左手で器用にマイクをクルクルと回しポーズを決める。 「さぁさ! お次は大津(おおつ)鷲斗(しゅうと)くんッ! えーと何々、君は新聞部の部員さん?」  グイグイと詰め寄る江坂に大津は腰が引けている。 「それで何にする~? お願い事はっ。何でもいいよ~嘘だけど。できる範囲内でよろしく!」  大津はステージの下にいる新聞部員にちらりと目を向け、こくりと頷く。 「……会長様と、風紀の副委員長様の対談を記事にしたいです」  江坂は円に目をやる。円が頷いたのを確認し、俺の方に視線を寄越す。なんとかうまい言い訳がないものかと思案するも思いつかない。  仕方がないので了承しゴーサインを出す。 「はいっ、じゃあお二方の了解も得たので後は新聞部の方で日取りを相談してくださーい」 「はい! ありがとうございます!」  舞台から降りた大津は部員たちの元へ戻りガッツポーズをする。部員たちは拍手で彼を迎え大騒ぎだ。対談はいつになるのだろう。憂鬱だ。 「お前、対談苦手なのか」  しれっと風紀のスペースに紛れ込んでいる二村が舞台下から俺に問う。 「ん~~……苦手というか、嫌というか」 「ハッキリしねぇな」 「ま、嫌いかな」  ふぅん、と興味なさげに二村は呟く。聞いてきたくせに失礼な奴だ。視線を戻すとお願いは次の生徒へと移行していた。江坂は舞台に出てきた細身の生徒の自己紹介に相槌を打つ。 「なるほどねっ、君は副くんの親衛隊長な訳だ! じゃあお願い事も副くんに?」 「ええ、そうなりますね」  その生徒の色素の薄い目がこちらを見て、ようやく『副くん』とは自分を指す言葉だと気付く。 「……俺?」  俺は風紀だから親衛隊はないはずなんだが。 「椎名、多分あれだ。非公式の親衛隊だ」 「あー。あれ、俺にもあったんだ」 「そりゃあるだろ……」  青と二村が揃って呆れたように言う。そんなにおかしなことを言ったつもりはないんだが。 「俺に何をしてほしいの?」  微笑みながら問うとその生徒は痛ましそうな顔をしてこちらを見る。──なんだその顔。気に入らない。まるで俺を憐れむような、そんな顔に俄に苛立つ。 「お茶会に、来ていただけませんか」 「……お茶会?」  俺の怪訝そうな表情に気づいたのか、「端的に申し上げますと、隊員同士の交流会の場です」と説明を足してくれる。 「そこに行けばいいの?」 「はい。そうしてくださると隊員も喜びます」 「分かった。じゃあまた今度日取り決めるときに教室に来てくれる? 2‐Aに来てくれれば多分いる」 「はい、分かりました」  綺麗に一礼をし舞台を去る隊長。横目で見る俺に気づいた彼は、舞台を降りてからもう一度綺麗な礼をした。 「……うっとうしい」  吐き捨てると青に背中を撫でられる。 「じゃあ、次の人~!」  江坂の声でビブスを着用した長身の生徒が舞台に現れる。 「陸上部の宮野君! 願い事はなんでしょな!」  江坂がくるりとターンしマイクを宮野君の口元にビシィ!と構える。戸惑ってるだろ、やめてやれよ。 「夏目委員長にお願いが」  声に呼ばれ、背中の熱が離れた。舞台の中央に出ていき、宮野の前に立つ。 「……なんだ」 「俺を風紀に入れてください」  キラキラと目を輝かせ告げられた宮野のお願いに、目を瞬かせる青。代替わりで人員も不足気味だからこちらとしても願ったり叶ったりなお願いだ。青は宮野に後日風紀室に来るように告げ、こちらに戻ってくる。宮野の名残惜しそうな顔に、青が好きなのかと漠然と感じる。 「青」  青の耳元に口を寄せ話しかける。 「随分気に入られてるな」 「そうか……?」  あれだけ熱視線送られて分からないのか。  呆れながら宮野の方を見ると、俺のことを嫌そうに睨んでいる。どうやら先ほど口を寄せたのが気に喰わなかったようだ。困って軽く頭を下げ謝意を示すと、どう受け取ったのか彼の目に怒りの色が増す。俺を睨みつけながら舞台を降りていった宮野に、面倒事の予感をヒシヒシと感じた。 「はーいじゃあ次は2-A、三浦春樹くん」  江坂に呼ばれ、三浦が登壇する。  どうやらあのまま諜報力を生かし勝ち残ったらしい。となれば長谷川と花井も残ったのだろうと舞台下を見ると、しっかり控えている二人の姿が見えた。 「お願い事は誰にするの~? 俺っ、俺かなっ? ま、冗談だけど!」  三浦は江坂の言葉に反応を返すことなく「椎名副委員長で」とあっさり告げる。江坂が面白くなさそうな表情をするが三浦はそれもスルーする。 「お願い事は?」 「言わなくても分かるだろ。俺のイチカ、返せ」  三浦の言葉にざわりと会場がざわつく。 「……うん、今回は特別に返してあげるよ。でもごめん、イチカが変なものを見ていないかだけ検査しなくちゃいけなくてね。その過程でイチカの記憶が消えちゃったりしたら……ごめんね?」 「イチカは偶々そこにいただけなのに?」 「うん、規則だから」  まぁ風紀は隠しカメラを仕込まれることまで想定した組織ではないのでそんな規則ないのだが。 「絶対、五体満足で返せよ」 「善処するよ」  三浦との会話を切り上げ舞台の端に戻るとブーイングが起こる。察するに俺に向けられたものであるようだ。 「何あれ」 「赤が三浦の彼女を監禁していると思ったやつが騒いでる」  青が小声で教えくれる。何を馬鹿な、と思ったがさっきの会話を振り返るとそう取れなくもない。 「仕方ないだろ、隠しカメラなんて法律的にアウトなワード出す訳にもいかねぇんだから」  言った時点で三浦は即お縄だ。  三浦の方を見るとブイサインを返される。貴様、わざとか。 「次~っ! 2‐B、長谷川冬馬くん!」  江坂の声で長谷川が意気揚々と舞台に登場する。爛々と目を輝かせながら登場した長谷川に、どことなく嫌な予感を感じる。 「誰にお願いをしますか~?」 「えーっ、誰にしようかなっ! とりあえずムフフな絡みが見れたらそれでいいんだけど!」  へらへらとしていた江坂の顔が引きつる。 「会長、副会長、会計に風紀辺りがおすすめかな! 冗談でなく!」 「なにそれぇ~、自分にしてっていうアピール??」 「いや、マジでやめよう。な、いい子だから、ね?」  江坂の喋り方が。そもそも長谷川の頼みがどういう類のことかよく分からないのだが。江坂のあの焦りようからすると碌でもないことなのだろう。 「何嫌がってんだよ江坂。いつもやってることだろ?」  必死な顔の江坂に声を掛ける者が一人。 「日置〈ヒオキ〉……」  声を掛けたのはふわふわした髪の男。開会式でルール説明をしていた会計その人だった。

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