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会計…日置は、悠々とステージの真ん中に登場し、硬直している江坂の肩に手を置いた。
「江坂、得意だろ? そんなに嫌がらなくても。まだ指名された訳でもないのに。…なぁ?」
にこやかに話しかける日置に、江坂は嫌そうな顔を隠そうともしない。完全に腰が引けている。
「落ち着こう、日置。何をしようとしてるか分からないけど落ち着いて。取り敢えずやめてくれ頼むから……っ」
「やだぁ、それも、冗談っ?」
「な訳あるか……っ!」
ジリジリと圧をかけられ、江坂はとうとう俺たちが立つステージの端の方まで追い込まれる。
「副くん助けて……!」
「椎名くんだっけ? 江坂を、こっちに、寄越してくれるよね?」
日置が言葉を区切りながら問いかけてくる。思わず俺の背に隠れる江坂を前に押しやると、悲痛な声が聞こえた。
江坂の首根っこを掴む日置はニコニコと長谷川に話しかける。
「俺的にはぁ、田辺×江坂あたりがオススメなんだけど~。長谷川くんは他に見たいカプとかある?」
「桜楠×江坂とかどうです?」
「おっ、それもいいね! じゃ、両方やってもらおう!」
「勘弁して……」
シクシクと江坂が泣きだす。一体何が起ころうとしてるんだ。二人の会話の意味が分からない。それが逆に恐ろしさを増幅させている。
「じゃ、江坂。覚悟決めてね?」
「嫌なんだけど……っ!」
「それも冗談でしょ? 知ってるよ?」
「マジでふざけんなって……!」
襟を掴まれながら抵抗する江坂に、日置が鬱蒼と笑う。
「……いいの、江坂? 今日の本が『ヌきめき・パーリナイ☆』になるよ? オプションも付けちゃうよ……?」
「ひぃ……っ!」
江坂の顔が青ざめる。事態をイマイチ把握できてない俺でも今の日置の言葉が相当不穏であったことは理解できた。
江坂は抵抗をやめ、ヨロリと円に近づく。江坂はあっさりと円を床に押し倒し、腕を頭の上に押さえつけた。
江坂の顔が円に寄せられた瞬間、大きな音がし江坂は吹き飛ぶ。
「ふぎぃえ!!!」
田辺が江坂を蹴り飛ばしたのだ。大きな音に呆然とする円を田辺が抱き起こす。
「──何も蹴らなくても……」
派手に吹き飛んだ江坂が不満そうに言う。田辺は円を抱きしめながら不思議そうな顔をした。
「なんかイラッときて、つい。ごめんな?」
ケロリと謝る田辺に、江坂はげんなりとした表情を見せる。田辺って、初めて会った時から思ってたけど言葉より先に体が動くタイプなんだよなぁ……。江坂からしてみたら踏んだり蹴ったりである。
痛みに喘ぐ江坂をよそに、長谷川と日置は額に指を当て思考に耽る。
「なるほど、田辺×桜楠……っ!」
「アリ、アリですね……!」
興奮した声で二人はコソコソと言葉を交わす。
「要観察リストに入れないと……!」
「生徒会の執務室でいいネタが上がったら教えてあげるね! 連絡先交換しよう!」
「えっ、いいんですか! ヒャッホー!」
楽しそうで何よりだ。江坂に目をやるとまだ蹴られたところが痛むようで蹲っていた。ひたすらに気の毒なんだが。
生徒会にこのまま進行役を任せるのは難しそうなので仕方なくマイクを手に取り進行役を務めることにする。にこり、小首を傾げ微笑むと生徒の注目は俺に移った。
「さっ、次のお願いといこうか。次は2- Aの花井鴇人くん。登壇してください」
花井がステージに上がるのを待ち、お願い事を尋ねる。
「夏目委員長、抱きしめてください!」
おぉ、すっかり忘れていたが花井は青のファンだったな。お願いの内容に戸惑ってこちらを見やる青に向かって顎をしゃくる。いいからやれ。
青は腹を括ったのか、颯爽と花井に近づき包み込むように優しく抱きしめる。頭を胸に押し付けるように抱き、その目を俺に向ける。
(な、何秒くらい?)
口パクをしながら訴えてきた内容に、ハンドサインで二十秒くらい、と答える。青は、きっちり二十秒後に花井を解放した。
花井ははにかみながら礼を言い舞台を去った。青も一仕事終えたとばかりにこちらに戻ってくる。頭を撫でて労をねぎらうと青は嬉しそうに笑った。その顔を花井に向けたら喜ぶだろうに。
「ハイ、じゃあ最後は桜楠会長の親衛隊長。吉衛 柚月 さん、登壇してください」
「はい」
澄んだ声で返事が返ってくる。ピンと背筋を伸ばし階段を上る吉衛は小柄ながらどこか気高く、格好が良かった。
先程中庭で会った生徒は隊長ではなかったのだと遅まきながら気付く。進行の紙によると、吉衛は三年生。上回生であるらしい。
「吉衛先輩は、桜楠会長にお願いですか?」
「それもいいですが、」
吉衛は蠱惑的な笑みを浮かべこちらを見つめた。好意なんて一ミリも感じられない、冷たい瞳。露骨な悪意に僅かながら緊張を覚える。
「──僕は椎名由さん、あなたにお願いを」
ニコリと持ち上げられた頬に一歩身を引く。
「先程桜楠様がお世話になったようで。どうもありがとうございました」
「……っ」
「これからも、よろしくお願いしますね?」
睨みつけるかのような強い視線が俺を射抜く。ピアスに触れる。冷えた感覚に冷静さが戻った。怖気付きそうになる心を奮い立たせ笑う。
「……もちろん」
僕のお願いは、それだけです。
吉衛は片頬を釣り上げるように笑い、優雅に立ち去った。香水でも付けていたのだろうか、薔薇の香りが微かに舞台を彩る。
これで全員終わった。マイクを持ち直し、微笑む。
「はい、ではこれでお願いタイムは終了です。マイクを生徒会に戻します。最後、閉会の言葉をよろしくお願いしますね」
マイクを円に渡す。円は張り詰めた眉間を緩め、マイクを受け取る。
「以上で新入生歓迎行事を終了する。一同、解散」
生徒の拍手が体育館に飽和する。こうして、新歓は幕を閉じた。
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