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 新歓から一週間が経った。明日からはゴールデンウィークが始まる。桜楠学園ではきっちり一週間がゴールデンウィークに充てられている。  教室で昼食を取りながら、喋る花井と長谷川の話を聞く。長谷川はお昼の時間はもっぱら俺たちと一緒に過ごす。花井との会話を俺と三浦が大人しく聞くというのがお決まりのパターンだ。今日の二人の話題は来たるゴールデンウィークについてだった。 「ゆかりんは帰省するの?」 「うん、明日から帰省するよ」 「いつまで?」 「最後の日には帰ってくるよ」 「ずいぶんガッツリ帰るんだねぇ。春樹は~、毎度のごとく寮に残るの?」 「ゲームするからな」  最近知ったことだが、三浦の言う『ゲーム』はPCゲームなどではなく、D.C.として情報を取り扱うことを指すらしい。部屋に設置された立派なPC環境の言い訳としてPCゲームは都合がいいのだろう。「俺からしてみたら情報戦はゲームより楽しい」とは本人の言だ。 「まぁでも俺も基本は寮にいるかなぁ~。街に出たりもするけど」 「僕はライブのついでに実家に寄るつもり」  ライブのついでという表現がもうさすがである。 「じゃあ皆結構バラバラなんだな」 「そうだね~! 話はまたゴールデンウィーク明けにって感じかな!」  ぴこんというスマホのメッセージ受信の音に、肩をしょんぼりと落としていた長谷川が高速で頭を上げる。 「はッ!? 今日のタナ×オウ!? 萌え禿げるっ!」 「棚王……?」 「田辺×桜楠。ほら、この前教えたでしょ」 「あぁ……フダンシとかいう」 「そーそー」  男同士の恋愛、いわゆるBLの描かれた創作物を楽しむ男のことをフダンシというらしい。人の趣味って色々あるよなぁというのが俺の素直な感想である。長谷川が饒舌に語る『男子校のBLにおける可能性』を全力で聞き流していると、突如廊下の空気がざわりと揺らいだ。  ざわめきは次第に大きくなり、俺たちの教室の前で止まった。クラスメイトがざわめきの正体を教えてくれる。 「……椎名くん、二村君が廊下で呼んでるよ」  ──ついてくるか? 「……忘れてた」  二村に聞かれたら怒られそうなことをぽそりと呟く。  片手に昼食のパンを持ちながら廊下に立つ二村のもとへ行く。二村は相も変わらず不機嫌そうな顔つきだ。廊下は、F組の二村がいるためかがらんとしていた。 「お前、忘れてただろ」 「面倒はみないって言っただろ」  覚えてましたよ、面倒をみる気だけがなかったんですよ、というアピールをするが、二村はなおも冷たい目をする。 「俺の背中についてこいみたいなことほざきながらここまで放置するやつも珍しいだろうよ、鳥頭め」 「寂しかったからってそうむくれるな」  ポンポンと背中を叩きながら宥める。 「──ハッァ!?? 舐めたこと言ってんじゃねぇ! 誰が寂しいわけあるかバーカバーカッ!!」  ムキになって否定する二村を生暖かい目で見ると、腰を叩かれる。もう頭は平気だというのに、余程最初に出会った時のインパクトが強かったのだろう。若干申し訳ない。 「……一応聞くけどよ、ついてくるかってアレ、新歓の会場にってオチじゃねぇよな」  尻すぼみになりながら二村が聞いてくる。俺があまりに放置したために不安になったらしい。否、随分前から不安に思っていたのだろう。それはもう、F組であることを引け目に思い新歓をさえ遠ざけていた二村がA組に足を運んでしまうほどには。 「ちげぇよバカ。……今日の放課後、新しく風紀に入るやつらの手続きをする。他の奴らには連絡済みだ。お前も入れ」 「……わかった」  告げると、二村は驚くほどあっさり承諾する。いつも不機嫌そうな彼の瞳が静かに凪いでいるのを見て、あぁと嘆息する。  この目を、見たことがある。青を拾った時。緑を拾った時。桃を拾った時。橙を拾った時。  ただ無邪気に俺を光と信じる目だ。目がくらみそうなほど眩しくて、鮮やかな。なるほど、確かに拾いすぎたかもしれない。これじゃあ眩しくて堪らない。  今更ながらに青の言葉を肯定する。想像の中の青が「だから犬は俺だけにしとけと!」と踏ん反り返りながら言う。いや、だから犬はいらないんだって。  手を微かに震わせる二村に気づく。そんなに縋らなくても、捨てはしないのに。 「二村。今度は俺がF組に迎えに行くから」 「……は、」 「だから、いい子に待ってろよ」  光に負けないように精一杯の微笑みを。二村は不意に黙りこくり、俯いた。 「お前、そんなことばっか言うから犬が増えんだよ……」  掠れた声で半ば呻きながら告げられた言葉に面食らう。 「別におすわりだとか待てだとか、そういう意味じゃねぇぞ!?」 「わかってるよ、あ゛ークソ。深みにハマっちまった気がする。最悪だ」  こんな、と二村の掠れた声が聞こえる。言葉は続くことなくそこで途切れた。 「じゃあ、放課後」  ひらり、手を振ると二村はその手をガッと掴む。そして、我に返ったのか掴んだ手をパッと離し一歩身を引いた。 「ま、また放課後」  不器用な挨拶に、口元がへにゃりと緩んだ。

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