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 二村は周囲の異変に気付きパッと顔を上げる。俺たちが来たのだと察知すると、机の上に広げていたノート類を慌てて隠した。ペンをいくつか取りこぼし、床に落とす。近くにいた茶髪が面白そうにニヤニヤと笑いノートを取り上げた。 「椎名くんじゃ~ん、こんちゃーす」 「茶髪、それなんだ?」 「やだなぁ。俺、牧田朱満(あけみ)。牧田って呼んで! で、これだっけ? このノートはねぇ、」  話しかけた牧田の口を二村が手で覆う。牧田は暫くモゴモゴとしていたが、やがて諦めたのか大人しくなった。 「何しに来やがった」  二村が俺に問う。 「勉強会しないか?」 「だから出ねぇって、」 「違う。F組でだ」 「はァ?」  二村は唖然とした顔をし固まる。一瞬後、ギョッとした顔で牧田の口を押さえていた手を振り払った。牧田は舌をペロッと出しドヤ顔をする。二村の手を舐めたらしい。舐められた場所を二村は牧田の制服に擦り拭う。 「いいじゃん! ここで勉強会でしょ? やろうよ」 「テメェ勝手なこと、」 「だって菖ちゃん、さっき勉強で分からない箇所あって困ってたよねぇ?」  ほら、と牧田が奪ったノートのページを広げ、指差してみせる。 「菖ちゃん、椎名くんと知り合った時期からちょこちょこ勉強しはじめたんだよねー。前まで必要ねぇとか言ってたくせに」  ニヤニヤと牧田がからかう。二村はパニックにでも陥っているのか、あわあわと口を開閉し、拳を振り上げた。  牧田はニヤニヤと笑みを浮かべたままそれを避ける。 「避けるなっつってんだろうが」 「言ってないし。っていうか痛そうだから避けるに決まってるよねぇ」 「ックソが!」  二村は苛立たしそうに吐き捨てる。暫く牧田を睨みつけていたが、やがて水に流すことにしたのか、俺たちに向き直った。 「……よろしく、お願いします」  ぺこり、と頭を下げられ内心驚く。見た目にそぐわず案外気遣い屋であることは知っていたが、ここまで思慮深いとは思わなかったのだ。任せろ、と安請け合いすると横にいた神谷が呆れたように溜息を吐いた。 「椎名~、この問題の解き方教えてくれ」  青が数学の問題集を指しながら俺を呼ぶ。F組にいる手前気を遣ってくれているのは分かるのだが、慣れない呼び名が気恥ずかしい。何食わぬ顔を取り繕い、「後ろに載ってる解説を見ろ」と促す。 「見たけどさ。ほら……頭に入ってこない時ってあるじゃん?」 「もう勉強やめたらどうだ」  情けない言葉を吐く青を突き放す。青は考え事の姿勢を取った後、何やら思いついたのか指を俺の方へ指し、笑った。 「あ……ンン、椎名! 俺は風紀の方で勉強会あるんだぞ?」 「そうだな、早よ帰れ」 「そうだけど違う!」  そりゃな。分かってるけどな。だが実際言い出しっぺが不在の風紀の勉強会というのはいかがなものだろうか。宮野あたりがプンプンしてる気がする。下手したらブンブンしてるかもしれない。いや、ブンブンってなんだ。  くだらないことを考えつつ、青の主張を聞く。 「いいか、あ……椎名。俺は多忙だ、そうだな?」 「割と暇そうだけどな」 「忙しい、そうだな?」 「……そうだな」  なんだこれ。言わないと会話が先に進まないとかどんなクソゲーだよ。青は俺の返事に然り、と深く頷いた。 「忙しい。ので、俺はすぐに戻らなくてはならない。一応言い出しっぺだし」 「自覚はあったんだな」 「まぁな」  なら早急に帰ってほしいんだが。心配で付いてきてくれたのは非常に助かったが、自ら決めたことを放りだすのは無責任というものだ。それは俺の望むところではない。 「……という訳だ。問二番の解き方解説してください」  ウインクしてあげるから! と青は俺を拝みはじめる。なんでウインクだよ。要らない。割と本気で要らない。 「そんなことしなくても教えてやるよ。……でも、そうだな」  スマホを取り出し電話を掛ける。数回のコール音の後、「もしもし」と声が聞こえる。 「もしもし。急なんだけど、今から2‐Fに来れるかな? うん、いや。その件ではないんだけど。いい儲け話があるんだ。一口乗らない?」 「あ、赤……?」  不穏な会話に青が怯えた表情を見せる。おいおい、呼び方間違えてるぞ。静かにするようジェスチャーで促し、会話を続ける。 「……はーい。じゃあ、待ってるね。気を付けて」  ぷつりと電話を切り、スマホをポケットに仕舞いなおす。 「さ、問二だっけ?」 「その前にあの不穏な会話の相手を教えてほしい」  神妙な顔で訊いてくる青に、ニヤリと笑い言う。 「大津君」 「誰だよ……」 「新歓のお願いタイムで、俺と円の対談を希望した新聞部員くん」 「ああ……」  対談の日取りを決めるため、LINEを交換したのだ。まさかこんな使い方をする日が来るとは思わなかったが。  ふとお願いしなくてはならないことを思い出し、教室の後ろの方でつまらなさそうに俺たちを見ていた牧田に声を掛ける。 「牧田。F組が大津君に手を出さないように伝達してくれないか」  俺の言葉に牧田は不思議そうに問い返す。 「なんで俺ぇ?」  何で? そんなの、簡単な話だ。 「──お前がF組のトップだから」

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