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 よー、と軽い挨拶で相沢先輩と池谷先輩が入ってくる。どうしたんだろうと話を聞いてみると、南部先生に風紀を手伝うよう頼まれたらしい。青は「南部先生が……」と微妙そうな顔だ。 「椎名が熱だからってなァ……恵も甘くなったもんだ」 「椎名、具合はどうなんだ?」  気遣わしげに問う池谷先輩に、大丈夫ですよ、と笑う。 「ダメそうだな。ガードがふわふわだ」 「んー?」  心配の色をより濃くした池谷先輩に、首を傾げる相沢先輩。シュ、と風を切る音に反射的に首を右に傾げる。相沢先輩の拳か、と理解すると同時、蛙が潰れたような声が続く。見ると、頭を押さえる相沢先輩と、拳を構える池谷先輩がいた。 「おい、相沢。俺たちは具合の悪い椎名を手伝いに来たんだろう?」 「あ、ああ。でもよォ」 「でもよじゃないだろう。具合の悪い奴に拳振りかざす馬鹿がどこにいるんだ」 「本当にガード緩いのか気になってだなァ、」 「気になってじゃないだろう。気になってたら後輩をいきなり殴ってもいいのか」 「当たってねぇじゃねぇか」 「結果論だろう。椎名に謝れ」 「……」 「あ、や、ま、れ」  相沢先輩を叱る池谷先輩。押され気味の相沢先輩は、ぺこりと俺の方に頭を下げた。 「……悪かったな」  歯切れの悪い先輩に、苦笑する。大丈夫ですと言うと、相沢先輩は池谷先輩に「なっ!?」とでも言いたげな顔をして振り返った。それを見た池谷先輩は相沢先輩の頭に無言でもう一発拳を入れる。不服そうな相沢先輩はしかし、これ以上の発言は藪蛇だと分かったのだろう。ところで、と話を逸らした。 「そろそろ開会式の時間じゃねぇか?」  第一シフトの奴らもそろそろだろ。  相沢先輩の声にしかし最初のシフト当番は動かない。表によると……あぁ、宮野か。先程の変更が余程不服だったらしい。不満げな目でこちらを見つめたまま動こうとしない宮野に、相沢先輩は目を鋭く細める。 「お前、名前は? 宮野か?」 「は、はい」  相沢先輩に声を掛けられると思わなかったのか、宮野は僅かに動揺する。道理で、と声に呆れを滲ませた先輩は、宮野を見て鼻で笑う。 「お前新歓のお願いで風紀に入った男だったよなァ」 「は、い」 「タマの小せェ男」  さ、見回り行くぞー。宮野のペアだった一年の鈴木に声を掛け、相沢先輩は風紀室を後にする。宮野は悔しさを瞳に湛え、風紀室を出ていった。先輩を追いかけたのか、それとも開会式に向かったのか。  相沢先輩に続き、風紀室を後にしようとした池谷先輩は、出ていく寸前、振り返り青を見つめる。 「夏目。お前、何のために委員長になったんだ」 「ッ」 「自分の言ったこと、忘れるなよ」  踵を返し出ていった先輩に、風紀室はシンと静まり返る。チュン、と窓の外で雀の鳴く声が聞こえる。 「……忘れてなんか、ない」  周りが見えていないかのように、青は黙って俺を見つめる。 「赤、ごめん」 「? 何が」 「なんでも。ごめんな」  いいよ、許すと訳の分からぬまま頬を撫でると、青はへにゃりと眉を下げた。  開会式が終わり、体育祭が始まる。最初のプログラムは、応援合戦だ。応援団の俺は平野くんと共に位置につく。 「副委員ちょーうっ!!」 「かっこいいー!!!」 「平野ーっ! 引き立て役決まってるぞー!!」  野次に「うるせぇ!」と返す平野くんに苦笑する。仲がいいんだな、と言うと、サッカー部の連中だと返される。なるほどな、気安い訳だ。 「に、しても今日は野次が多いな……」  食堂の時より多いかもしれない。 「皆イベントではしゃいでるんだろ」 「あー、そうか」  見ると、確かに日頃は顔を赤くするに留まる連中が声を上げている。イベントごとは人を大胆にするらしい。ふと、叫んでいる集団の中に見覚えのある顔を見つける。どうやらあそこは俺の親衛隊が集まっている場所のようだ。ひらひら、と手を振ると血流の音が聞こえそうな勢いで顔が赤く染まる。 「はは、照れすぎ」 「椎名は親衛隊が嫌じゃないのか?」 「んー? いい人だよ、あの人たち」  椎名の場合は非公式だからかな、と言う平野くんに、どうだろうなと首を傾げる。非公式だから、というよりあの人たちがいい人なだけだと思うけど。軍隊のように揃って礼をする姿を思い出し、密かに笑った。  ぴ、と鳴ったホイッスルの音に合わせて、足を肩幅に開く。平野くんはドン、と旗を地面に真っすぐ立てる。 「S組の応援を始めまぁすっ」  S組の応援団の声がする。俺たちはこれの次だ。S組の応援団は、チアリーダーの格好だった。小さい生徒がポンポンを両手に持ち、わちゃわちゃと演技をする。ちんまりとしていてかわいらしい。いぇーい、という声と共に演技は終了した。  いよいよ、俺の番だ。心配そうに見つめている青に気づき、ニヤ、と笑ってみせる。きゃあ、という悲鳴が聞こえた。すぅ、と大きく息を吸い込む。 「A組ィーッ、応援んんん──ッ!!」 「「押忍!!!」」  野太い声が俺の後に続く。 「フレェェェェェェ、フレェェェェェェ、Aぇぇ、組ィ!!」 「フレ、フレ、A組ッ、フレ、フレ、A組ッ!」  平野くんが力強く旗を振る。ブォン、と旗が空気を引き裂く音が聞こえる。皆がキラキラとした目でこちらを見ているのが嬉しくて、演技が終わるタイミングに合わせバク転をする。 「A組、頑張ろうなっ!」  笑う。一拍遅れて、きゃぁああああ、と声が運動場を埋め尽くす。 「椎名ッ、手は!? 開いたりしてないかッ!?」 「んー、大丈夫」 「包帯汚れてんじゃんッ」 「えぇ、あぁ、うん、いいんじゃない?」  だめだろ、と平野くんに頭を小突かれる。過保護だなぁ。傷はもう塞がっているから心配はないと説得し、どうにか落ち着いてもらう。ちらり、と救護テントを見ると、南部先生がジト目でこちらを見ていた。お怒りである。怒られたくなくて、わざとへらりと笑ってみせると、呆れたように手をひらひらとあおられる。見逃してくれるようだ。  よかった、と安心すると、隣にいた平野くんが「今日の椎名は緩いなぁ」と呟いた。失礼な。

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