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「――な。椎名!」 「えっあっ……!?」  不意に現れた青の顔。驚き身を退くと、椅子がガタリと悲鳴を上げる。バランスを崩した椅子は、ぐらりと傾きそのまま後ろに倒れる。 ガタンッ 「……、」 ぺたん。床に座り込む。状況が呑み込めずぼんやりとする俺に、青は手を差し出した。 「大丈夫か?」 「……平気だ」  なぜだか伸ばされた手に手を重ねることが躊躇われ、自力で立ち上がる。誕生日会の不可解な出来事から数日。俺は、青に対する態度を決めかねていた。別に、キス紛いのあれに対し、何かを思う必要はないはずなのだ。ファーストキスなんて中学の頃には面白くもない経緯でなくしているし、キスに限らずそういった類の行為に今まで何を思ったこともなかった。だから恐らくきっと、この前のあれで動揺しているのは、今までただの相棒としてしか接してこなかった青の唐突な変化のせいなのだろう。多分。 あの日からずっと自分の中で繰り返している問答に終止符を打ちつつ、倒れた椅子を元に戻す。着席し前を向くと、思っていたより自分が人目を引いていたことに気付いた。頭を下げ謝意を示すと、向かいに座る田辺はいいよと手を扇ぎ、続きを話しだす。 「じゃあ次。夏休みの生徒会・風紀の活動について。毎年恒例だけど、文化祭に向けて生徒会と風紀の交流会をします。これは次期役職に就く予定の生徒の交流も兼ねてるからねー。ってことで生徒会の補佐メンバーの自己紹介と、風紀の次期幹部メンバーの紹介と行こうか」  パン、と田辺の掌を軽く打ち合わせる音を合図に、生徒会の補佐メンバーがおずおずと話し出す。 「「じゃあまず僕たちから~っ」」  声をぴたりと合わせ自己紹介をしだしたのは小柄な生徒二人。見た目がそっくりだから双子だろうか。 「僕は書記補佐の土屋南斗(みなと)! で、こっちが兄の、」 「北斗だよー。庶務を務めてます。よろしくねー!」  踵を床につけ、足先をピンと立てるポーズをした二人は、達成感に満ちた顔で着席する。パッと見区別のつかない二人の容姿に、前髪を弄る。窺うような視線を感じ、そちらを見ると、円が俺を見ていた。顔を合わせるのはテスト前にCDを聞きにいって以来である。やらかした記憶の鮮明さに気まずさを感じ、そっと視線を外す。  じゃあ次、と立ち上がったのは栗色の髪をした生徒。こんにちはぁ、という緩い挨拶に、緊張していた体から少し力が抜ける。 「え~とぉ、俺は秋山結城(ゆうき)です。好きなことはぁ、えーっとぉ。今のとこは、ないかな~? 会計補佐です。よろしくお願いしまぁす」  ぴょこ、と跳ねるようにお辞儀をした秋山に、羊っぽいなと笑う。お辞儀から目を上げた秋山の目が、俺と合う。「あっ!」と明るい声を上げ、秋山が俺に駆け寄った。 「椎名副委員長だぁ! 今晩俺とどうですか?」 「……ん?」  キラキラとした瞳に見上げられ、一瞬困惑する。この後輩の言っている意味が分からない。 「俺とぉ、セックスしましょぉ」  ガタンッ  椅子を蹴散らすようにして立ち上がったのは、青、二村、牧田、神谷、柴の五人。風紀で座っているのは、俺と林、それから橙だけだ。先日の抗争を経て風紀入りしたF連中も今年の文化祭の警備を担当するので、この会議に出席している次第だ。余談だが、今回のテストで牧田はAクラス相当、二村はCクラス相当の成績を収めた。「まーだ椎名には敵わないな」と呟く牧田に思わず苦笑したのは記憶に新しい。というのも、俺自身結構ぎりぎりだったからだ。体調を崩しながらテストを受け、なんとかSクラスの下には食い込む成績を取れたが、「敵わない」と称えられるほどの好成績かと言われれば微妙なところである。  いきり立つ五人をなんとか宥め、着席させる。じっと目の前で俺の返事を待ち続ける秋山は、どうですかぁと再度返事を促す。 「悪いけど他当たって」 「ちぇー。分かりましたぁ」  気が変わったら楽しみましょうねぇ。  のんびりとした口調でとんでもないことを言いだす秋山を、江坂は無理やり引っ張り席へと回収していく。なんというか。江坂は相変わらず苦労性だな……。 「次は私ですね」  言いつつ立ち上がったのは眼鏡をかけた真面目そうな生徒。緩く分けられた前髪にお堅そうな雰囲気を覚えた。 「私は(ひがし)志野(しの)です。副会長補佐です」  よろしく、と眼鏡の蔓を押し上げた東は、慣れているのか挨拶にそつがない。もしかしたら中等部の方でも役職に就いた経験があるのかもしれない。よろしくと挨拶をし、会長補佐の方へと視線を向ける。注目された会長補佐は、びくりと竦み上がる。体格の良さや貫録のある顔つきから、どっしりとした性格かと思っていたが、実は小心者なのだろうか。会長補佐の様子に、円は焦らなくていいぞ、と声をかける。無言で小さく頷いた会長補佐は、おずおずと自信なさげに話し出した。 「古賀(こせ)廣瀬(ひろせ)、です。会長補佐です。がんびゃ、がん、ばります」  言い終わるなり、偉い! と生徒会メンバーは拍手をする。つられて風紀メンバーが状況の分からないながらに拍手をすると、古賀は小さく頭を下げる。ガタイの割に、仕草が小動物のようで癒される。 「それじゃ、お次は風紀のメンバーの自己紹介かな」  はい、と振られ、メンツを見回す。ギリギリと音のしそうな程生徒会――というより秋山を睨みつける面々に、穏便な自己紹介は難しそうだなと溜息を吐いた。

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