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肉が焼けた。せっせと火の番をする神谷と古賀は、焼けた肉を片っ端から取り分けていった。
ゲーム大会を解散し、各々の部屋で睡眠をとった翌日。今日の会議を終えた俺たちは、昼食がてら海近くのテラスでバーベキューをしていた。昨晩のゲームで勝った田辺は、山盛りの肉にほくほくの様子だ。なんとなく田辺は食の細いイメージだったから、これだけ肉を頬張っているのは意外だった。思わずまじまじと視線を寄越すと、田辺はにやりと笑みを見せる。
「意外?」
「ああ。思ってたより食うんだな」
「よく言われるよ」
面白そうに肩を揺らし、盛られた肉を大きく一口。田辺の言葉を引き継いだのは、野菜ばかりを皿に盛った江坂だ。
「ながるんは生徒会役員の中で一番食べるよ~。だから体重が重い重い」
「えっ、嘘」
「うん、嘘」
だよなぁ。田辺は江坂の喋りを聞いているのかいないのか、平然とした表情で肉を食べ続けている。ぴくっと動いた眉毛を見るに、聞いてはいる、のだろう。
「ごはんなくなった。おかわりもらお」
うーん。聞いてないな、これは。内心呆れながら俺は立ち上がる。
「よそってやるよ。貸せ」
茶碗を受け取ろうと手を差し出すと、田辺は驚いた顔で瞬きをする。一瞬の間、ふわりと笑んだ田辺に、初めて会った時のことを思い出す。初対面の時に見た流麗な笑みが実は珍しいものだと知ったのは最近のことだ。いつものいたずら小僧のようなそれとは異なるものに、今度はこちらが驚く番だった。
「悪いね、お願い」
「? おう」
表情の意味が分からず戸惑う俺に、田辺はああと説明を加える。
「すっかり腰を落ち着けたみたいだなって思って」
猫をすっぽり被っていた頃を思い浮かべているのだろうか。俺自身意識しない内に変化していた態度を、田辺は好意的に受け取ったらしかった。茶碗を受け取り、米を盛る。田辺へと手渡すとにっこりと笑われる。ばつの悪くなった俺は、逃げるように火の番をしている二人に声をかけた。
「代わる」
「あ、じゃあお願いします」
「ああじゃあ俺も手伝うよ」
よっこらせと青も腰を上げ、古賀に交代を申し出る。おどおどと頭を下げた古賀は、大人しく席に着席した。
さぁて。焼きますか。
腕まくりをすると、青は小さく疑問を口にした。
「甲斐?」
「えっ、ああ。ジャージの話か」
不意に出た予想外の名前に驚くが、俺が着ているジャージを指しての言葉だと理解する。バーベキューは汚れてもいい服装で、と言われたので遠足の時に甲斐から借り受けたジャージを持ってきたのだ。
「中高の知り合い」
「……ふぅん」
どこか拗ねたように炭火を漁る青。何が原因か分からない俺に、青は自身の上着を押しつけた。
「こっち着て」
「、え?」
「汚してもいいから。ね?」
これはお願い、だよな。
青のお願いに弱い俺は、よく分からないながらに上着を着替える。すん、と匂いを嗅ぐも、近くの海から香る磯の匂いがやや勝る。
「嗅ぐなって」
「いい匂いだから。……嫌?」
「~~~~、や、では、ない」
「そっか」
よかった、と安心すると、青は硬く口を噤み、次々と肉をひっくり返す。俺も自分の網の肉を取り分け、新たな肉を焼きはじめる。少しの間待ちだな。つと、海に視線を向けた。
ざざ、と水の唸る音とともに、海の表面には皺が寄る。底へ招くようにさざめく波の不気味さに、背筋がぞっとした。雲一つない快晴。磯の香る海。鮮やかな夏の風物詩に吐き気を覚えているのは俺だけか。
「ちゃんと水着着てきた? 北斗!」
「着てきたよー。会長は着てる~?」
「……ああ」
わくわくとした双子の声と、いつもよりトーンの落ちた円の声。はしゃぐ双子はそれに気付くことなく、円を海へと誘 った。当の円は自分自身の異常について理解ができていないようで、なんとも言えない表情をもって海へと入っていく。他の面々も腹が満たされたのだろう。次第に海へと入っていった。……ああ、頭が痛い。
ガンガンと痛む頭はまるで警鐘のようで。円を止めるべきかと考える。嫌な予感に、冷や汗が出る。強い日差しの中、不思議なくらいに体は冷えていた。
「赤……?」
小さく呟く青に視線を向ける。気怠さを訴える体は、そのちょっとした動作にさえ悲鳴を上げた。
「大丈夫か?」
「……大丈夫だ」
「大丈夫じゃないな」
一方的にそう断じた青は、さっさと俺を日陰に座らせる。飲んで、と渡されたグラスには、ぷかりとレモンが浮かんでいた。
「レモネード。熱中症になってる。休んだ方がいい」
「……分かった」
ちびりちびりとレモネードを口に含む。自然と目が向くのは、やはり海だ。
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