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「じゃ、うちのクラスは仮装スタジオってことで決定!」
ようやく表情の和らいだ委員長を軽く拝む。よかったね、と言う花井に深く頷いた。来る文化祭。うちのクラスの出し物は仮装スタジオに決定した。貸衣装を作って文化祭を回って貰おうというお店なのだが、ここまで来るのに紆余曲折があった。
初めはお化け屋敷に執事喫茶、劇と色んな案が出ていたのだ。それこそ、どこに需要があるのか分からないメイド喫茶なんてのもあった。正直耳を疑った。聞き間違いではないと分かった時には、発案者の頭を疑った。
ともあれ、人気のあった候補はその四つ。そのどれでもない案に決定したのは、クラスの皆の心配故。
『センセーがそういうの口出しするのはどうかと思うんだけどな、』
白熱する話し合いの中、気怠そうに口を挟んだ田上先生に、誰もが意外そうな顔をして口を噤んだ。文化祭の出し物を決めるから。あとは委員長よろしくと、そう言ったきり黙っていた先生の発言だ。皆が耳を傾けたのを感じた。
『それは、安全なのか?』
ゆっくりと言い聞かせるよう、理解してくれと祈るような物言い。何が言いたいのか皆分かった。俺を見る者もいれば、机上の拳に力を入れる者もいた。言葉を交わす者はいなかったが、きっと考えていることは同じだろう。
学園全体が俺に当たりの強い中、目立つことはできるだけ避けた方がいいと。飲食の接客という、悪意を避けにくいものは危険に違いなかった。
集まった視線に困り、へらりと笑みを返す。ハッと息を呑む音が聞こえた。
そこからの話し合いは難航した。やれこれは危険だとことごとく案が発案した彼らによって却下されたのだ。このままでは決まらないと、委員長は相当頑張って皆の案を繋げてくれた。今回のMVPを上げるとしたら、間違いなく横内だ。
「ごめんな」
謝ると、平野が俺の額を小さく小突く。俺の机に身を乗り出す平野は、俺の頬に指を押し当てた。押された頬がぷくっと山を作る。少し恥ずかしい。
「皆やりたくて納得したやつがこれなんだ。謝るなよ、椎名」
「ん、うん」
「それよか! いっぱい思い出作ろうな~!」
わしゃわしゃと頭を撫でながら、平野は楽しげな笑みを浮かべた。流石はサッカー部員。スポーツマンって爽やかだ。嫌味がない。
釣られて口元が緩む。
「楽しみだなぁ」
そういえば、きちんと文化祭に参加するのは初めてかもしれない。楽しみだなぁ。思わずもう一回呟いた。
***
「意外だな」
三浦の呟きに首を竦める。俺だって、まさかここまで悲惨なことになるとは思わなかった。
「椎名」
「言うなよ」
「裁縫下手なんだな」
「言うなってば!」
しみじみとした口ぶりで言われ、繕っていた布きれを背に隠す。かく言う三浦の手元にはきちんと縫製されたメイド服が……ってまだメイド派閥は生きていたのか。
呆れた目つきで見ると、上手くできてるでしょと薄い笑み。
「ロングスカートのもあるよ。こっちはスリット入り」
「ワー、すごい。デザイン係にメイド喫茶のあいつ入れたの間違いじゃねぇの」
「いーじゃん。俺は好き。着たくはないけど」
さようで。
はぁと溜息を吐くと、三浦はポンと肩を叩く。
「椎名、今からでもデザイン係に行ったらどう?」
「お前普段俺の私服にケチ付けておいてンなこと言う?」
「あ、そっか。椎名私服クソだせぇじゃん。忘れてた。ごめんな、酷いこと言って」
「まさに今酷いこと言ってるって自覚しろ?」
ふふふと口元を隠し笑う三浦。くっそ、馬鹿にしやがって。俺の私服はそんなに難があるのだろうか。そりゃまぁ、その服がおしゃれだとかそんなのはよく分からないが。それはさておき、裁縫が苦手だと思われているのは納得いかない。
「俺は裁縫が苦手なんじゃない。ボタン付けたりはできるし」
「ああ、それは確かに」
言われてみればといった三浦に、むっとする。ああそうだよ、そのことに思い至らないほど布をぼろ切れにしたのは俺だよ!
「じゃ、なんでこんなことになったのさ」
「……ニッパーが」
「ほぉ」
「縫った箇所を見えないようにしなきゃいけないって知らなくて。で、糸はニッパーで切れるって教えて貰ったからちょっと拝借して、つつーっと滑らせたら」
「布まで切れた、と」
雑魚乙。
言ったきり笑い出す三浦に、肩パンする。滅茶苦茶悔しい。完全に拗ねた俺に、三浦はごめんごめんと背を撫でる。んなもので絆されると思うなよ。
「二日だ」
「……えっ、なにが」
唐突な発言に三浦はきょとんとする。なんだろう、相手にされてないようでそれすら悔しい。我ながら理不尽だ。
「二日あれば俺だって完璧な衣装を作れる」
「よかろう。では二日後、ここで汝の力を発揮するといい」
「吠え面かかしてやるかんなー」
軽口を言い合い、ふっと笑う。
問題は何も片付いていないけど。たまにはこんな日も悪くない。
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