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第6話
「あの……よくここ来るんですか?」
「時々かな。今日はちょっと用があってね」
その男は慣れた手つきでポケットからタバコを一本取り出すとそれに火を付けた。
「君はここ初めて?」
「はい……たまたま見つけて。ここ落ち着いてて雰囲気いいですよね」
タバコを燻らせながらグラスを傾け、ゆっくりと頷く姿はやけに色気がある。
「君、名前は?」
「幡谷です」
「俺は永志郎 」
お互い、テーブルに指で名前を書きあって簡単な自己紹介をした。
「名前、なんだかかっこいいですね」
「そう?嬉しいな。嬉しいから俺のおすすめ奢ってあげるね」
そんな永志郎と名乗るこの男の不思議なペースと、いつもとは違う店。それに、煮え切らない秀志とのこと。
色んな事が重なって、雰囲気に飲まれるように薦められるがまま酒を飲み続けていると、
「幡谷くん、お酒強いの?」
「そこまでは強くないです」
「薦めといてなんだけど、こんな飲み方してたら悪酔いしちゃうよ?それとも何か酔って忘れたい事でもあるの?……例えば恋人に振られたとか」
「ふ、振られてないです!秀志とはまだ……」
酔いとあまりにも核心をつく事を言われ、咄嗟に声を荒げてしまい秀志の名前まで口走ってしまった。
「しゅうじくんて言うのか……恋人。どういう漢字?」
「秀才の秀に志す……」
「いい名前だ。その秀志くんと何かあったの?」
同性の恋人がいることにも偏見なく、名前まで褒めてくれたことに気を許してしまった俺は秀志との先行きに悩んでいる事を打ち明け、そのまま酒を飲み続けた事で完全に酔っ払ってしまい、気付いたらカウンターのテーブルに倒れ込んでしまった。
「大丈夫?あっちのソファ席に移ろうか」
「……す、すいません」
カウンターよりも更に暗いソファ席に連れて行かれ、ネクタイを緩め、掛けていたメガネを外されるとそこに横にされ、
「水持ってくるね」
そう優しく言われたあと、頬をひと撫でされ気配が消えた。
永志郎さんの手、冷たい……
一瞬触れられただけなのに、火照った身体にはそれが凄く気持ちよかった。
「水……飲める?」
程なくして声がした方へ視線を投げると心配そうに見下ろす永志郎さんと目が合った。
「だ、大丈夫です、すいません」
さっきより少しだけ気分が回復して、身体を起こしソファに背中を預けたまま差し出された水をドクドクと飲んでいると、
「試しにさ、今夜は秀志くん忘れて俺と遊んでみる?」
そんなことを突然言われ、ゲホゲホとむせてしまった。
「……ッ……突然何言ってるんですか。遊ぶって……」
さっきまで穏やかだった顔が急に真顔になり、息がかかるくらいの距離まで詰めると続けざまに耳元でこう囁いてきた。
「大人が遊ぶって言ったらさ、分かるだろ?」
俺が思考停止しているとグラスを取り上げ、口端から滴り落ちる水を親指の腹で拭う。
そして、頬を滑る指先が唇に触れるとクスリと鼻で笑われた。
「……口、開けてね」
指先が咥内に滑り込むのを感覚で悟る。
「上手、上手……ちゃんと舐めるんだよ?」
戸惑いながらも小さく頷くとそれがゆっくりと引き抜かれた。
「じゃあ、これ以上はまた後でね……」
そう告げた永志郎さんが再びグラスを手にして琥珀色の液体を飲み干し、俺の前にそれを置く。
「ハロウィンだからちょっとぐらいいいよね……」
絡まれた指先が冷たい。
だけど、それ以上に俺の身体は熱かった。
数時間前に会ったばかりで何も知らないはずなのに……何故か抗えない。
ハロウィンだから、
酒が入ってるから、
だからと無理矢理理由付けていると名前を呼ばれた。
「まーくん?」
……なんで……
低く掠れた甘い声が耳元に響くと身体の熱が再び上がり、思考がバラバラになっていく。
「まだ身体、熱いね。冷ましに行こうか」
続けざまにそう誘われ、絡まれた指先に力が入り、
「円果……おいで?」
……なんで、名前……
引き寄せられながらまた名前を呼ばれると、
俺の思考は完全にストップして、何かが崩れる音が脳内を支配していった……
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