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安堵

 盛大なため息が漏れた。  まだ心臓はバクバクとうるさいが、それよりも安堵感のほうが大きい。 「……は、ぁ……も、大丈夫なのか?」  未だ喉に飴が引っかかっている感じがするし、なんでこうなったのか、聞きたいことは山程ある。  だけど後遺症みたいに、俺の身体はまだ、甘い痺れと疼く熱を引きずったままだ。  とりあえず重い上体を起こそうと紫乃の肩を押したら、今度は呆気ないくらい簡単に、俺の上から退いてくれた。 「……思い出しました、飴の味」 「へ?」 「りんご」 「ああ……、やっぱり」 「怒らないんですか」 「え? 別にりんご、嫌いじゃないし」  ゆっくりと起き上がり、ボタンの弾け飛んだシャツの合わせを手で握って、まだ汗の浮く、ほんのり色づいた身体を隠す。  今はどこも痛くないし、ただ全身がじんわりと熱っぽいだけ。  あとでボタン、探さなきゃな……。 「いや、そうじゃないでしょ」 「へ?」 「……怒っても、くれないんすか」  そういうわけじゃ、ない。  訥々と、消えそうな声で言う。  紫乃は血で染まった唇を手の甲で拭うと、そこについた血液も舌でべろりと舐めとった。  ずくん、と状況反射のように下半身が疼く。けれど、せっかく紫乃が落ち着いたのに、これ以上悟らせるわけにもいかない。 「もうそんな体力もねえよ、おれ」 「……」 「なあ……、それより、お前って、なに……?」  不思議と、怒りは沸いてこない。というか、そんな体力さえ残っていない。  言えば、紫乃はしゅん、と子犬みたいに項垂れてしまい、俺の台詞に無言でうつ向く。 「……俺、もうほとんど末裔なんすけど……。吸血鬼、なんです。でも、血を吸った相手を同族にする能力(ちから)もないし、太陽も大丈夫ですし、何かに変身できるわけでもない。本来なら、人の血を吸いたいって欲求も、かなり少ないんすけど」 「本来なら……ってことは、さっきのは、事故……みたいな?」  ゆっくり、紫乃は首を横に振る。

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