3 / 4

第2話

 海斗が最終的に選んだ場所は、従兄弟が経営しているBARだった。  そこは、両親に行く事を禁じられていた場所でもあった。 「大丈夫? 飲みすぎじゃない?」 「んー……だいじょーぶ……もうどうでも……」  何故禁じられていたか……それは、カウンターの奥にいるその従兄弟がゲイであり、ここがゲイバーであるからだった。  従兄弟はゲイである事を両親に早くに告げ、親に勘当されながらも一人逞しく生き、このお店を経営していた。  一つだけしか変わらないのに、なんてすごい行動力なんだと、当時は従兄弟に対して尊敬し、羨ましく思った。  自分には絶対にできない事だと思っていたから……。 「海ちゃんがこんなになるって……おじさんと何かあったの?」 「父さん……? 何かって……まだ無いよ……」  まだ無い。けれど、マナーモードになっているスマホの液晶画面には、何度も父親からの電話が掛かり、彼女からの電話も入っていた。  でも、それを無視して今があった。  そんな事、今までした事も無かったのに……。 「ねぇ、高良田君呼んだら? 迎えに来て貰いなよ……」 「高良田? いい……呼びたく無い……」  呼んだら父親の元へと連れて行かれる。  だって、父親は確実に高良田に連絡を入れ、探すように言っている。そして、見付け出したら二度とこんな事をさせないように、更に厳重に海斗の自由を無くすだろう。 「帰りたくない……」  そんなのもう……耐える事はできない。 「海ちゃん……。あっ!」  バンッ! そんな大きな音を立て、扉が急に開いた。そして、従兄弟がそのドアの所を見て、誰かに手を振るのが朦朧とする意識の中見えた。  けれど、酔いが回り、眠くなった海斗にはその相手が誰なのか全く分からない。 「悪いな。代表からの電話がしつこくて……」 「ううん。でも、よくここって分かったね。海ちゃん、高良田君にもここにいるって伝えて無いみたいだったから……」 「伝えてないよ。でも……こんな時が来たら必ずここだと思ってた……」 「あーなるほど。こんな時が起きたら必ず僕の元に来るって察知してたのね」 「そう」 「ほんと、好きだね……海ちゃんの事」 「あぁ。好きすぎてもう我慢の限界……」 「なら、早くそれをちゃんと伝えてあげなきゃ。海ちゃんが可愛そう……」 「そうだな……。おい、海斗起きろ」  突然、高良田の声が聞こえた。しかも、幼い頃に呼んでくれていた時のように〝様〟を無くした名前だけで。 「(ヨウ)……?」  海斗はそれが嬉しくて、涙を流し高良田の声がする方を見詰める。  すると、夢を見ているかのように目の前に高良田……要がいた。  その姿はいつもとは違い走って来たかのように髪は乱れ、ワイシャツの襟元のボタンは外していた。  それを見た海斗は、なんだか昔を思い出した。  中学の時、こんな風に主従関係なんか一切無かったあの時……ヤンチャしていた要が上級生の人達にカツアゲをされていた海斗を見付け、助けてくれた事があった。その時の要は今のように髪の毛も服装も乱れ、ただ、友人である海斗を必死に助け、守ってくれた。  だが、その数年後。海外に移り住む事となった海斗は要と離れて暮らす事となり、友人としての立場さえ無くした。  けれど、要は海斗の知らぬ間に海斗の父親の会社に入社し、引退して代表となった父親に気に入られ、若くして社長となった海斗が日本に戻ると、海斗の秘書に要が抜擢されていた。  でも、その時既に婚約者が決められていた海斗にとって、その久しぶりの再会はあまりにも残酷だった……必死に忘れようとしていた気持ちを再び思い出させたのだから。  そして、昔のように会話する事なく、整われた髪の毛や服装を見る度に悲しい気持ちになっていた海斗は、今の要の姿を見て昔に戻ったみたいで嬉しかった。   「帰るぞ」 「か……える?」  あの家に? そう捉えた海斗は身体を震わせ嫌だと答えた。  いくら要の言った事でも従いたくはない。絶対に、絶対に絶対に嫌だ。 「もう嫌だ……もう帰りたくな……ぃ……」 「海斗……」 「もっと……好きな事したいっ……やりたい事……したぃ……」  お金なんかいらない。  名誉も遺産も財産も。会社も何もいらない。  ただ、好きな事をしたい。  子供達と一緒に遊ぶ仕事がしたい。ファーストフードも食べてみたい。人目を気にせず話したい。  好きな人に好きだと言いたい……。 「好きな人に……要に愛されたいっ……」 「海斗……」 「好きって言いだぃ……」  子供のように泣く海斗。  今まで溜まっていた物やお酒の力も合わさって、子供のようにワンワン泣く。 「海斗。好きだ……好きだよ……」 「っ……?」  すると、そんな海斗の右手を要が優しく握り、そう海斗の目を真剣に見詰めて言ってくれた。 「海斗。もう泣くなよ……目が腫れる」  そして、海斗の目元の涙を親指でそっと拭い、嬉しそうに微笑んだいた。 「おっ。もう31日じゃん。つーことはハロウィンか……」 「……?」  そう要が言うので、海斗は涙を流しながらチラッと時計を見た。すると、時刻はもう0時を過ぎ、31日になっていた。 「なぁ、海斗……」 「な…に……?」 「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ……」  そう言って、要は海斗の目の前にあるワインと一緒に食べる用の小さいチョコを指差した。  それを見て、海斗は要の心理を理解する。  これは賭けだ。要にとって、人生を賭けた大勝負。そして、それは海斗の人生をも大きく変える大きな大きな賭けでもあった。 「……やだ。あげない」  そう言って海斗は目の前のチョコを一気に口に入れて全て食べた。そして、あげる物を無くし、こう告げる。 「小さなチョコでもあげたくない……」  だから、悪戯して……。そう泣きながら伝えた。  すると、その言葉を聞いた要は突然海斗の右手を掴んで店を飛び出し走り出した。 (これは夢……?)  そう思うほど、視界がパアッと光り輝き真っ直ぐに伸びた。  その道は要が進む道に伸び続け、逞しい背が海斗の不安を全て消してくれたのだった。

ともだちにシェアしよう!