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天文部の変人
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真山宙(マヤマ ソラ)。
俺の後ろの席のこいつは、クラスだけでなく学年でも変わり者とと名高い男だった。
友達のいない俺でさえ噂を聞いているのだから、校内ではほとんど芸能人並みの有名人だと言える。
真山の通り名は『天文部の変人』。それだけで伝わるのはなぜかというと、天文部といっても名ばかりで、活動しているのは彼だけだからだ。
うちの学校は全員なんらかの部活に入らなくてはいけない決まりになっていて、天文部は、真面目に部活動なんかしたくない人間たちの隠れ蓑のようになっている部なのだ。
例に漏れず、本当なら帰宅部がよかった俺も、実は天文部に所属している。
もちろん、一度も部活に行ったことはない。部員どころか顧問が誰なのかも知らないし、部室がどこにあるのかさえわからない。入学時に入部希望届を書いただけなのだから当然だ。
おそらく数十人の幽霊部員が所属しているであろう中で、真山は唯一まともに活動している部員らしい。
ぼさぼさ頭にひどい猫背で、宇宙関連とおぼしきやけに分厚い本をいつも肌身離さず持ち歩き、放課後になると一人にやつきながらいそいそと部活に出掛けていくその姿を見れば、誰もが引くのは仕方がないだろう。
しかも、たった一人なのにかなり精力的に活動しているらしく、去年の夏休み明けには全校集会で表彰されていた。
よく分からないが、市だか県だかの代表としてなんちゃら大会に出場し、研究発表か何かをして、なんちゃら賞をとったとか。
よくも一人でそんなに頑張れるよなあ、変態なんかな、と思っていたら、その張本人から、授業が終わると同時に名前を呼ばれた。
「ねえ、深見」
先生以外から名前を呼ばれたのは高校では地味に初めてだな、と思いながら、俺は「なんだよ」と振り向いた。
謝るつもりなんだろう、と思った。
いきなり触ったりして驚かせてごめん、しかもおれのせいで先生に怒られちゃってごめん、と。
しかし、予想に反して真山は、反省も申し訳なさも微塵も感じていない顔で、にたりと笑って俺に言った。
「もっかい触らせて」
「……はあ?」
これまた自分のものとは思えない、かなりの重低音が出た。
すると、真山はどうやら俺が聞き取れなかったとでも思ったらしく、もう一度「触らせて」と繰り返した。
ぶちっ、と糸の切れるような音がして、と同時に俺は叫んでいた。
「まずは謝るのが先だろうが!」
ざわ、と周囲の視線が集まる。しかし、完全に頭に血が昇っているせいか、さっきよりは気にならなかった。
それよりも、目の前のこの変人をなんとかしなければ、ということで頭がいっぱいだった。
しかし、当の本人の真山は、きょとんとした顔をしている。しばらく無言でまじまじと俺を見て、それから「あっ」と声を上げて、何かを思いついたように手を叩いた。
「なるほど、そうだね」
数学の難問の解法でも思いついたような調子で頷くと、真山は「ごめん」と言った。
「なんか色々ごめんなさい」
思いの外あっさりと謝られて、俺は拍子抜けしてしまう。なんで謝らないといけないのか分かっているんだか分かっていないんだか微妙だが、問いただす気も失せて俺は「ああ」と答えた。
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