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第2話 目が冴えちゃったから少し話そうよ。

 幼い頃は、怪物とて人間とて大差ない。それぞれに変化が訪れるのは第二次性徴を迎えた頃だ。たとえば大夢は満月の晩には耳と尻尾が生え、生肉しか食せなくなった。裕太と愛斗は日光で体調を崩すようになった。また日に一度は血を飲まないではいられない。これについては、遺伝子研究をしていた副産物で人工血液の生産に成功していたから、冷蔵庫からそのパックを出して飲めばいいだけになった。  大夢が狼男として覚醒を迎えた翌日のことを、裕太ははっきりと覚えている。前日、つまり覚醒当日、大夢は小学校を休んだ。翌日登校してきた彼は、明らかに前々日までとは違っていた。とはいえ、それに気づくのは怪物だけだった。具体的には、同じクラスにいた裕太と愛斗、そしてサヤカ。サヤカも純血種の吸血鬼であり、愛斗とは生まれながらの許婚だった。同じクラスなのも偶然ではない。この小学校が建っている土地を譲った「町の名士」もまた吸血鬼一族で、同族のこどもたちが安全に学校に通えるように、という配慮がそこかしこに施されていた。 ――あの日の大夢は、急に大人びて、そして。  あの時はそれをどう表現したらいいか分からなかったが、今なら分かる。妖艶で淫蕩なフェロモンを発散していたのだ。本人はそれに気づいていない様子で、期間としては1週間ほどで収まったが、それに誘発されるように裕太も愛斗も急激に本物の吸血鬼と化していった。それまで多少は平気だった太陽光が苦手になり、夏でも長袖長ズボンで過ごす羽目になった。そして、それより何より、性的欲求が激しくなった。  血を摂取するのは、体調を良い状態に保つには必要不可欠なものだが、それは性的欲求と直結していた。血液感染でも増殖を可能とする吸血鬼にとって、生き血をすするのと性行為は同じ意味を持っていた。だから、セックスをすれば人間を襲って血をすすらなくても済んだし、その逆も然りだった。どちらも不足すれば、激しく体力を消耗し、頭痛や吐き気といった症状が出て、起き上がることすらままならなくなる。人工血液で食欲を満たすことはできるので、生命の維持ならそれだけでもなんとかなる。だが、頭痛や嘔吐感については、どうしてだか生き血でないと治まることはなく、成長するにつれてその症状は次第に強く出るようになっていく。  晴れた日は外に出ることが一切できなくなった。少しはいた人間の友達と遊ぶこともできなくなった。無邪気なこども時代が突然打ち切られてしまった彼らは、人工血液では解決しない性的欲求と、それが満たされないことによる体の不調に悩まされ、日に日にそれは我慢できないレベルへと近づいていった。かといって、かつての友達をはじめとした人間に襲いかかることは避けたかった。  それもこれも、あいつのせいだと思った。裕太と愛斗は大夢の悪口を言い合い、その果てには大夢を犯すことまで計画した。だが、実行には移せなかった。裕太には愛斗がいて、愛斗には裕太とサヤカがいた。けれど、大夢には誰もいない。そう気づいてしまったからだ。裕太が大夢自身より先に気付いたのは、大夢の狼男としての覚醒ばかりではない、彼の孤独についても然りだった。 ――それにしても、まだこどもだった分際でレイプまで考えてたなんて、自分が怖いよ。……いや、それを言い出したのは愛斗のほうだったな。そんなことを言うような奴じゃなかったのに。体の変化は性格まで変えてしまう。俺にしたってそうだ。覚醒前は愛斗と対等か、体格の良かった俺のほうが威張っていて、大人しい愛斗にあれこれ指示するぐらいだった。  そう思いながら、今、すぐ目の前でウィスキーを飲んでいる大夢を見つめる。 ――大夢が初めてこの店に来た時は、酒に慣れてないんだ、と恥ずかしそうに言っていたっけ。慣れていなくて当然だった。あの時、俺たちは20歳になったばかりだった。俺だって今でこそこんなバーでシェーカーを振っているけれど、成人するまではもっぱらレシピの丸暗記をするばかりで、実際に飲み始めてからは間がなかった。愛斗も似たようなもので、その愛斗と久々の再会をした成人式の日、同級生の何人かと慣れない酒を飲んで、気が付いたら愛斗の部屋にいた。他のメンバーはどこかと問えば、みんな帰ったよ、と愛斗が答えた。時計は深夜の2時だった。愛斗の部屋から俺の部屋は徒歩圏内だったけれど、泊まっていけと言われたから、それに従うことにした。広大な愛斗の住まいにはベッドルームも2つあるはずだが、愛斗は「目が冴えちゃったから少し話そうよ。」と言い出して、俺たちはうんと小さな頃に互いの家に「泊まりっこ」をした時のように、ひとつのベッドに横たわりながら喋った。

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