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第4話 だからもう、おまえも自由になっていい。

「大丈夫か。」 「大丈夫じゃない……苦しい。なあ、今すぐ、ここに生き血をすすっても構わない人間を連れて来てよ。……それが無理なら。」演技とは思えない様子で、愛斗は苦しげに言った。 「俺だって限界だ。」裕太は愛斗の背中を抱いた。「抱くよ。いいんだな?」 「いいってば。」苛立った声で愛斗は言う。「おまえが欲しいってさっきから言ってるだろ!」  もっと優しくすればよかった、と思ったのはすべてが終わった後のことだ。けれど激しく求めてきたのは愛斗のほうで、裕太は求められるがままに腰を振っただけだ。手首をつかんで後ろから突けばその手首に、首筋や胸元に口づければそこに、愛斗の白い肌には簡単に裕太の痕跡が浮き出た。それは白磁の上に薔薇の花が次々咲いていくようで、裕太は余白を埋めるように愛斗を愛撫し口づけて、その度に愛斗は時に苦しげな、時に甘やかな喘ぎ声をあげた。 「大丈夫か。」セックスの直前と同じ言葉を、裕太は口にした。 「うん。……少しだるいけど、ヤル前の気持ち悪さより全然マシ。」ムードも何もないことを言い、うとうととまぶたを閉じる愛斗の頬を、裕太は軽く叩くようにした。 「寝落ちする前に、洗ってきたほうがいい。……ごめん、中に。」 「いいんだ。」愛斗は裕太の手を自分の腹にあてた。「これで、こどもができればいいのに。」 「そんなことになったら、俺は一族に殺される。」裕太は苦笑した。 「そしたら俺も死ぬ。」愛斗はそんなセリフを軽々しい口調で言うと、ゆっくりとベッドから出て、バスルームに向かった。  愛斗とは、その一度きりのつもりだった。けれど、一度踏み外した道は元に戻れなかった。翌日もその翌日も、愛斗に誘われれば断らなかった。それを純血種様からの指示なのだからと卑屈な言い訳を自分にして、裕太は何度も愛斗を抱いた。そのうち自分の部屋より愛斗の部屋にいることが多くなり、半同棲のようになった。  愛斗がサヤカとも寝ていることに気付いたのはいつだったか。体中に散らした薔薇を見れば、サヤカだって自分以外の誰か、の存在を確信しただろう。 「彼女、何も言わないのか?」と裕太は言った。  部屋にはさっきまでサヤカがいたであろう気配があった。合鍵をもらい、好きな時に出入りしていた愛斗の部屋だが、ここ数か月は「今日は人が来るから、零時過ぎてから来て」と時間を制限されたり「今夜は外出して帰りは遅くなる」と言われたりすることが増えていた。残り香や移り香からその相手はサヤカなのは察しはついたが、愛斗が言いたくないのなら、と、あえて何も聞かずにいた。しかし、今夜は、どうしてもはっきりさせたい気分になっていた。 「言わない。」 「いつから?」 「半年ぐらい前かな。おまえよりは後だ。」 「何故俺に言わなかった?」 「なんで言う必要がある?」 「サヤカが……。」 「かわいそう? どうして?」 「自分の男が二股かけてるなんて。」 「それなら俺だって同じだ。」愛斗はいつもとは違う、射抜くような目で裕太を見た。 「え。」 「大夢とつきあってるだろ?」 「……。」 「おまえも俺も、所詮一族の網の中でしか生きてない。情報なんて簡単に手に入る。」 「……すまない。」 「謝るってことは。」愛斗は脱ぎかけた服を再び着直した。「あっちが本命ってことか。」 「すまない。」  愛斗は笑った。「潮時だな。俺もそのほうが都合良い。」 「えっ?」 「サヤカと結婚する。日程も決まった。そのうちおまえのところにも招待状が届く。なんなら大夢も招待するよ。」 「おまえ、それでいい、のか?」 「何? よくないって言えば、式場に乱入して俺の手を引いて一緒に逃げてくれんの?」 「……。」 「おまえには分からないかもしれないけど。」愛斗は裕太の手を取り、握手するように自分の手と合わせた。「俺はサヤカを愛してるよ。おまえへの愛情とは少し違うけれど、彼女を幸せにする自信はある。だからもう、おまえも自由になっていい。」 「俺も、って。おまえは? おまえは自由になれたのか?」その握手の意味も分からないままに、裕太は愛斗の手を握り返した。 「あの日。おまえと初めてヤッた時さ。あれが初めて自分で選んでしたことだった。そのことに悔いはなくて。あの時、おまえが俺の望みをかなえてくれて、本当に嬉しかった。だから、これからも俺は自分で自分の道を選ぶと決めたんだ。サヤカと家庭を作ることは、一族に従ったんじゃない。俺が決めた。俺はもう、自由に決められるんだ。自分の意志で。」 「愛斗。」 「好きだったよ、裕太。これからは昔からの友達として。一族としてまたよろしくな。」愛斗はそう言って握っていた手を離した。裕太が返答に困っていると、「今日は大夢と会ったのか?」と聞いてきた。裕太は首を横に振る。「じゃあ、会ってこい。俺はさっきサヤカとヤッてきたから、体調管理は問題ない。これからは大夢に相手してもらえばいいだろ。」愛斗は裕太の背中を押した。 ――背中を押すのはいつも俺の役目だったのに。 「ありがとう。」裕太は愛斗に頭を下げ、玄関に向かう。飾り棚に、預かっていた合鍵を置いた。

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