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【3】「土下座して頼めば検討する」
「実は君あまり物を考えずに話すタイプ?」
はて、と男は首をかしげる。
「世話になるから出来る限りの事はしよう。そう考えただけだが?」
誘拐犯の車に何の覚悟も無しに乗る程能天気ではない。
男が何時豹変するかはわからないが、まさか友好的なまま夏休みを終えるとは始めから考えていない。
「ここは噛みついてくるか、淡々と罵ってくるところかと僕としては予想していたんだけど。」
そして、お前はそれを面白おかしく揶揄うつもりだったのだろう?
「期待に沿えず悪かったな。しかし――」
目を見返す。視線が絡んだ。
「信頼関係の築けていない相手に、肯定されたら困るようなことを口にするのは止せと言ったのはお前だ。困るなら最初から言うな。」
鞄をベッドの側に置き窓をさらに開けると、微かに緑や花の香りが潮風に交じり室内に舞い込んでくる。
遠くに緑陵と海がコントラストを描く。
窓の外には無粋な建物など何一つない。
木々と、海だけが見える。
きっと夜には綺麗な星が見れるだろう。
少しだけ気分が上昇する。
楽しみだ。
「いや僕としては一緒に寝れるの嬉しいけど。本当に来ても良いの?ドアノックしちゃうけど部屋に入れてくれる?」
許可を得ようとする男に錦は失笑する。
主導権を握るつもりは無いのだろうか。
誘拐犯の癖に随分と紳士ではないか。
閉じ込めるなり、拘束して繋ぐなり幾らでも「管理」方法はあるのに。
部屋を与え、プライベートな空間とし好きに使わせようとしているのだ。
「鍵は開けておく。ただこの部屋を俺に与えてくれたなら、ベッドを使うのは俺だ。お前は床かソファを使え。」
「えー…。じゃぁ、錦君のベッドに入るにはどうしたら良い?脱げと言えば喜んで脱ぎますよ?」
「土下座して頼めば検討する。」
「それは僕が服を脱ぐ前にかかる言葉なの?その後君も脱がすけど。良い?」
「全裸で寝たいなら好きにしろ。ただし、俺は脱がない。寝るときは離れろ。それが条件だ。」
「うーん…君ね、他の人にもそうなの?」
「そうとは?」
「危ないからやめなさいね。」
「危ないと思うのはお前に下心があるからだ。」
「んー‥僕以外の誰かが君を攫ったとしよう。君のその態度じゃぁ、無事に帰れるとは思えないけどなぁ。防御力ゼロだね君は。その日のうちにぺろりと頂かれるね。お兄ちゃん心配だなぁ。」
何がお兄ちゃんだ。
誘拐犯が説教とは笑わせる。
「震えながら泣いて許しを乞うた方が子供らしくて良いか?怖がる振りくらいなら出来るが、震えるのはどうしたら出来るのか教えてもらおうか。」
床を指さし「震えながら許しを乞うてみてくれ。」と投げやりに言うと、男は吹き出し声をたててわらう。
冗談を言ったつもりは無いが男からしたら面白い冗談に聞こえたのかもしれない。
「跪けって?君は女王様タイプだったのか。新たな発見にドキドキだね!!益々気に入った。ふふ、はははは。」
此処は怒る所だと思うのだが何故笑うのか。
面白そうに、心底楽しそうに男は笑う。
この男の頭は暑さで螺子が緩んでいるのだ。
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