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【7】「骨まで解剖されていくような感覚」
「頭を下げるだけで良いの?随分と安いんだね。」
「跪いて好きにさせて欲しいと許しを乞え。」
ただ矢張り明確な意思はなくとも、気が変わらないとは言い切れない。
何をするか分からない男に対し、危険を顧みず馬鹿の様に挑発をしてしまうのは ――只の反抗心と意地だ。
「正直ここまで思考と体の感覚が乖離してるのは初めて見た。 思った以上に重傷だなこりゃ。ところで君さプライドと自尊心の違いは分かる?」
プライドの高い人間は屈辱に弱く痛みに強いだったか。
その言葉の続きだろうか。
実験を見るような温度の無い瞳に、男の真意が分からなくなる。
「同じじゃないか?」
「違う。自尊心は自己承認に繋がる。文字通り自分を認めて尊ぶ事。自分自身を認めている事だ。プライドは承認欲求が土台になるから他者の価値が絡む。」
「それで?」
「君は自分を正当に評価できていない。」
「それで?」
「君は自己肯定を頑なに許さない。」
「それで?そんな人間に『こうしたい』魅力があるのか誘拐犯。」
「魅力的だとも。」
頬を撫でる手に手を重ね、少しだけその進行を阻む。
「小児愛好者でもない暴力を楽しむための相手でもない。ならば、 それは朝比奈だから?」
ならば、非常に残念だが俺には朝比奈という付加価値は欠片も宿っていない。
そう思うが口には出さない。
可能性は低くても逆上して愛撫する手が絞殺に切り替わる可能性が無いとも言えない。
「いや、君だから。」
顔の横についた手が耳に触れ、両手で顔を包まれる。
逃げなくても良いの? 抵抗するなら止めるけど。
かえってその言葉が完全に抵抗を奪う。
嫌がる体を錦自身が自らの意志で抑え込む。
逃げ道を用意されるなど、冗談ではない。
それこそ、この男より劣っていると言うことではないか。
子供だから、逃がしてやると馬鹿にされているのだ。
乱暴にされない限り此方から激しい抵抗はしない。
男自らの意志で退いて貰わねば、錦が「逃げた」事になる。
それは駄目だ。
この男が優位だと感じさせては駄目だ。
単純に負けず嫌いなだけだ。
「嘘をつけ。」
「君はプライドは高いけど自尊心は低い。」
男と目が合った瞬間、動けなくなった。
彼の容姿には尖る様な雄雄しさはなく、どちらかと言えば女性的で 優しい。
柔らかな笑みは慈悲深さすら印象付ける。
だが、暗く深い森に迷い込む様な薄暗さが垣間見えた。
「しかし驚くほど真っ直ぐで根は真面目。子供乍ら理性が強い。理 性的で知的、思考力も高い。君位の子供ではありえない程に厳格に 自分を律する。自己憐憫を自己陶酔同様忌み嫌っている。潔癖だからだ。だから君は自尊心の低い人間 には有り得ない程の強靭さをもっている。周囲は威風堂々とした君 を自己承認意識の高い人間だと信じて疑わないだろう。」
瞬き無く目を見つめられる。
暗い淵に立たされた様な、不安定な気持ちになる。
骨まで解剖されていくような感覚。
「でも本当はそうじゃ無い。不安定でチグハグなのに、感情のコン トロールが長けているから綺麗に纏まってる。面白いね君は。―― 実に魅力的だ。でも、」
もう少し自分を大事にしなさいね。
「傷付かない人間なんてこの世に居ない。君は傷つけられても敢て 傷を傷と認めていないだけだ。痛みを感じるのが、正常なんだよ。 傷付かないのは、死んだ人間だけだ。だから君は痛いなら痛いと泣けば良い。」
誘拐犯の癖に、知った口を利く。
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