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【8】「魔が差したのだ」
7歳を境で変わった世界こそが錦を映す鏡だ。
7歳まで育てられた自尊心で上を向いた。
捻じ曲げられ砕かれた7年間のそれを必死に守り、やがてはそれ以降の自身の無価値さに絶望した。
絶望するうちはまだ希望が有る。
異論反論を挟み込み様々な手で自らを救済しようと試みる。
しかし、ことごとく失敗に終わり現実はひとつづつ丁寧に錦の異論反論を潰していく。
母と父の愛情の希薄さに比例し少しずつ削られて細くとがり徐々になくなっていく。
やがては、瓦礫と化した7歳までの自分から嘘偽りのない現在のみすぼらしい自信が姿を現す。
皮も肉も無くし骨だけが残る様に、残骸となった価値のない自分。
死に損ないと指さされそれが当たり前になる。
体の震えは止まっている。
いや、男にとめられたというのがきっと正しい。
男は優しく髪を撫でてくる。
指で梳きシーツに散るそれの流れを指先で弄ぶ。
自らの意志ではなく男の手で震えが収まったことが悔しかった。
確かに震えていた。
怖いのだと男は言った。
怖いだと。
嘘だ有り得ない。
怖いなど有り得ない。
――気の迷いだ。迷いは失くし間違いは正さなくてはならない。
こんな今日初めてあった男の言う事などに心を乱されるなど、どうかしている。
整然と一つ一つ理屈を並べ、間違えていないと答えを合わせていく。
そうして、では何故この男に着いて来たんだ。と自らを責める。
この別荘の玄関を開けた時も、思っていた。
結果は分かっているくせに、錦の知らない何かが有るのではないかと――魔が差したのだ。
その何かが、己の価値だ。
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