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【9】「そうすれば、まだ生きていける」
居なくなった錦の行方をどんな顔して探すか、父と母の反応とそこに映された自身の価値だ。
錦自身が作る価値ではない。真価が見えると夢を見た。
積み上げた自己同一性に異議を唱えたかったから。
正気ではないと、心のどこかでは分かっていた。
誘惑されるままに、 男の手を取ったのは。認識と一致した現実に僅かな綻びを自らを人質にしてまで見つけ出したかった。
それが見つかれば、この孤独から抜け出す事が出来るのだと。
言葉に出して乞えない情をかけてもらえると、浅ましくも望んでしまった。
愛されない自分。
価値のない自分。
朝比奈の衣をまとわぬ剥き出しの個が無価値など、その価値観は違うと 全て否定をして現実を退けたかった。
それが答えだ。
ここに来たときに出した理由と変わらない。変化は訪れない。
時間を巻き戻しても往生際が悪いまま、これが最後と男の手をとり足を進めるだろう。
何度自分の行動理由を導き出しても答えは同じだ。
自己評価が覆されるかもしれないなど、何て酷い解答だろう。
テストなら赤点だ、いやマイナスを付けても良い。
―――これは今まで構築した錦を覆す恐れのある思考だ。
足元から崩される自己を失う恐れがあるこの思考は危険だ。
価値を見出そうとするのは希望を課すことだ。
父と母の絶望を、お前は無かったことにするのか。
お前は間違えていない。
幾度となく錦自身が繰り返した問いかけと答え。
宛然として真に迫る言葉に、抱え込んでいた葛藤が小さな飛沫となり「もしかしたら」と疑問を発せようと浮き上がる。
思考と体が乖離していると男が言う様に、行動と思考も正反対方向へ走っていく。
感情は何方を向いて良いのか分からない。
エラーを発した機械のようだ。
不味い。
交差する言葉に思考に溺れていく。
脳内で反響する幾重もの声が割れて分裂していく。
頭がぐらぐらする。
落ち着いていた心臓が騒ぐ。
落ち着け。
明晰としていた思考がクリアさを失い、曇り歪んで暗澹たる思いへと沈んでいく。
ぼんやりと男を見て、視線がぶれて天井へ移る。
――どうかしている。どうかしていた。 でも、今更後悔しても仕方がない。
「変わらないならそれでも良いじゃないか。」
小さく零れた言葉に男は「何かいった?」と首をかしげる。
「――…錦君?」
変わらないならそれでも良いじゃないか。
耳元で別の声が嘯く。
あぁ、これが何時もの自分だ。
「錦君?どうしたの?」
要らない感情は切り捨てなくては。 不要な枝葉は切り落とす。
それと同じだ。
「――何でも、ない。」
少しだけ落ち着く。
お前は身の程を知らずに馬鹿げた遊びをしているんだ。
答えの分かり切った安全圏で、再確認していると思えば良い。
諦めの悪さに我ながら嫌気がするが、止めを刺すには丁度良い機会だろう?
不要な選択権を消去しているに過ぎない。
そう思えば良い。
削ぎ落とせるものは全て足元へ落とせば良い。
そうすれば、まだ生きていける。
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