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【11】「残骸となり果てた」

「俺の判断は間違っていない。」 朝比奈と深く繋がっていたあの頃、幼い手を母に握られて病院のベッドでうなされていた時は 今と違い怖い物がたくさんあった。 眠る事も夜が来る事も怖くてたまらなかった。 朝目が覚めないのではないかと怯え続けた。 眠れば此の儘、死んでしまうのではないかと 何時も怖くてたまらなかった。 怖い物がたくさんあって弱かったけれど、でも今よりずっと価値があった。 父も母も大事にしてくれた。 あの時俺は生きたかった。 死にたくなかった。 死ぬのが怖かった。 二度と父と母に会えなくなる事がつらくて悲しかった。 彼らだってそうだったと、信じていたんだ。 それなのに、残骸となり果てた。 何故手放さなかった。 愛情と共に何故、俺を手放さなかった。 彼らが手を放すならきっと眠る様に地に落ちることが出来た。 形骸化した姿に死にぞこないだと責める癖に 自らの絶望と引き換えに何故俺を掬った。 世間体か、朝比奈家の祖父たちの命令か。 生きてこの手に残された解答は何もかもが齟齬塗れだ。 価値と引き換えに愛情さえ失い生き延びただなんて、皮肉も良い所だ。 異臭を放ち枝になったまま傷んで腐る未来ならいっそ、 厭われ切り落とされ地に転がり堕ちる前に自ら潔く散ればよかったのだろうか。 「自分を粗末にすることが正しいとは思えない。さて錦君。これに対しての異論は?」 自分の生みの親に愛される根源的許しさえ得ていないのに、自尊心など育つことが許されるか。 それこそ間違いではないか。 「それなりの価値があるなら、大事にするさ。」 「では言わせてもらうけどね。君は自分を粗末にするけれど、 それは君を大事にする人間も粗末にすることだ。」 価値が有るならば。 「それ相当の扱いはするさ。」 小骨の様に男の言葉が引っかかる。 心の奥底に潜め覆い隠していた矛盾の原点を、爪先で引っかけ混濁から引きずり出してしまう。 「それよりも誘拐犯のお前が言っても説得力がない。 お前を大事に思ってる人間が泣くぞ。」 「泣いてくれる人なんて残念ながら居ないんだよ錦君。ねぇ、 朝比奈 錦君。君を攫った僕は君のことをどの程度知ってると思う?」 明確な答えを与えず試すような言葉に錦はたまらなくなり、身を起こす。 大きく開いた首回りがたわみ肩までシャツがずれ落ちる。 「お前が俺の事をどの程度知っていようと俺には関係ない。」 剥き出しになった肩を隠すように、シャツに手をかけた時視界に胸元の傷がはいる。 心移植をする際に残された跡だ。

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