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【6】「落ち着け変態」
「はは。鳥肌凄いね。抱っこしてあげようか。」
「お前が俺を抱いてこの鳥肌が引っ込むのか?」
「試してみないと分からないね。」
鼻を鳴らし小馬鹿にした表情で男を見ると、彼はニコッと微笑み繋いだ右手を引き 宙で半円を描くようにしてくるりと錦を回転させる。
踏鞴を踏み、視界がぶれたのは一瞬で、何だと思う前に頬が弾力のある壁にぶつかった。
男は軽やかなダンスターンの動きで錦を胸元に招き入れ、今だ理解しきれていない小さな頭を抱く。
「???…ん?」
胸元に舞い込んだまま、糊のきいたシャツの感触と石鹸に似た香りに錦はきょとりと目を丸くした。
流れるような動きに何が起こったのか理解が追いつかない。
何故、俺はこの男の胸元に顔を埋めている?
何故、抱きこまれているんだ。
男は「すっぽり良い具合にフィットするね。あぁ~癒される。」と溜息をついた。
頬をシャツに埋めぎこちなく視線を動かすと受付の女性スタッフと目が合う。
相手は目を丸くしてこちらを見ている。
何方も反らせぬまま見つめ合えば羞恥心が一気に胸中を襲った。
「しっかし、これさ、陰湿な性格が良く出てる絵だよね。タイトルからしてねぇ、酷いよねぇ。」
胸から顔をはがすと男性スタッフまでも唖然とした顔でこちらを見ている。
慌てて男の胸を押し、離れようとするが逆に抱きすくめられる。
「何処に行くんだい錦君。離さないぞ。」
「離れろ。」
「離してほしいなら離れたいと思う理由を言いなさい。」
「偉そうにっ。」
「偉そうじゃなくて偉いよ僕は。」
大学生程度の年齢の誘拐犯が何を言ってるんだ。
「ポストカード…見に行くから離してくれ。」
「えー。もっとこうしていたいー。というか、このまま見に行けば良いじゃないか。」
「駄々を捏ねるな子供か貴様。」
腕を突っ張り少しでも離れようと試みるが、男が背中を抱き込んでいる所為で殆ど距離感は変わらない。
「何を仰る錦さん。僕は大人だから君を可愛いと思うんだよ。 24時間抱っこしたいと言う僕の気持ちがわからないのかい。」
「分かるか。」
「君見てると可愛くて可愛くてたまらないんだって。 別荘の椅子になり君に座って欲しい位だ。全身で君の体を抱きとめたい。」
「馬鹿だろ馬鹿だな馬鹿以外の何物でもない。お前は馬鹿だ。」
真っ赤な顔で怒る錦をまじまじと見て、プルプル震えたかと思うとぎゅぅっと抱きしめてくる。
「どうしよう可愛い。本当に君は可愛い。」と何が彼の琴線に触れたのかは謎だが体中を弄りながら頬擦りをしてきた。
「何で僕には腕が二本しかないんだ。もっとこう君をぎゅぅって抱きたい。」
「落ち着け変態。苦しいっ。」
「君が使用するバスタブの湯になり君の肌をさざ波のように愛でたい。酸素になって君の唇から奥深くに入りたい。」
こんな抽象画よりもずっと質の良い芸術品の様な男が、真剣な顔でとんでもない事を口にする。
眩暈がした。
何故神は美しい容姿をこの男に与え知能を与えなかったんだ。
神仏の類など欠片も信じていないが、そう思わずにいられない。
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