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【9】「お前の首を無性に絞めあげたい」

「じゃぁ、別荘に飾ろう。僕の部屋に飾るから見たい時においで。」 「リビングルームに飾れば良い。」 「え~、恥ずかしがりながら僕の部屋のドアをノックする錦君を見たかったんだけどなぁ。」 「蹴り開けるから鍵はあけといてくれ。」 「来てくれるの?じゃぁ夜おいでよ。僕が腕枕するので枕はいらないよ!」 と言った後 「でも枕両手に持って部屋に来る錦君ってのも良いよねぇ。可愛すぎてもはや兵器の域だ。――腕枕するから使わないけど 両手に枕抱えてくる君が見たいから枕は持って来てくれ。」 と力説する。こういう所が馬鹿なのだ。 「殴って良いか。蹴って良いか?」 「そんな行儀が悪い事したらお仕置きタイムだね!」 「お前の首を無性に絞めあげたい。」 「騎乗位で首締めプレーがしたいだなんて!そんなエロティックなシチュエーションを自ら切り出すとは。 中々侮れないショタだな君は。益々気に入った。」 そこで、ふと錦の視界の端に此方に歩いてくる女の姿が映る。 客足の少ないギャラリーで振り撒いても無駄になるだろう笑顔を浮かべ錦に「こんにちは」と愛想よく声を掛け男に 「宜しければ、お預かりいたしましょうか?」と尋ねた。 男が手にした、卵の中のコンサートのプレートに対してだ。 預ける程の荷物ではないが、確実に購入をさせるための手段かもしれないし純粋な親切なのかもしれない。 男が彼女の申し出を丁寧に断ると、次に絵の展示はいかがでしたかと笑顔で尋ねてくる。 この無名の画家をこき下ろしていたが小声で会話していたので聞こえて居なかったのだろう。 「無料で有っても時間を割いてまで鑑賞するに値しな…もがっ」 男の手が口をふさぐ。 「抽象画と言うのはとても面白いですね。 僕は芸術面は疎いのですが、それでもこの無名の画家の恐ろしさが骨身に沁みた。 特に、唯一のデッサン画である【私の主】これは酷い。 醜悪で気味の悪い悪意と陰湿さがこれでもかと言う程詰め込まれている。 殺したいほど憎む男に従わなくてはならない苦痛と憎悪が内から爆ぜてなお溢れる程に叩きこまれている。 呪われそうなほどに恐ろしい。素晴らしいですね!!他にお客はいませんが、見なくて正解です。 アレをみると多分3分の1は倒れるので消防署に迷惑がかかる。賭けても良い。」 「お前、それは酷いと思う。」 貶してるのか褒めているのか分からない言葉で男は快活に答える。 スタッフは笑顔のまま客足が少ないことだけを認める。 他の言葉は聞かなかった事にしたようだ。賢明な判断だ。 彼女曰く夏休みの展示会が本館であるため皆そちらに集まったとのことだが、言い訳にしか聞こえない。 「たしか、海洋生物展示会ですよね。僕たちも行きました。ねぇ。」 錦は男のシャツを軽く引く。 面倒だから早く行くぞと言いたいのだが、何を勘違いしたのか男は顔を弛緩させ 「え?抱っこ?可愛い錦君可愛い。もう目に入れても痛くないと言うか口に入れてモグモグしたい。」 と錦の肩に手を回そうと擦るので軽く手を抓った。 「ご兄弟ですか?」 「兄弟でなければ何だと?」 まさか誘拐犯ですとは言えるはずはなく、最もそれらしき関係は兄弟だろうと判断したわけだが、かけ離れた真実につい過剰反応をしてしまう。 尖った物言いに女性店員の顔が僅かに曇る。 しまった。 さらに先程見られた男との抱擁を思い出し気まずくなる。 「あ、いや、その。」 フォローの言葉を続ける前に男が追い打ちをかける。 「君は嘘が下手だね。でも僕は正直者は大好きだよ。」 おいまて。 貴様此処は援護ではないのか。 何故フォローをしないんだ。 この子は人見知りでと何でもいいから、当たり障りのない言葉でも付け加えれば良い物を。 「僕はこの子の彼氏です。」 「…え?」 虚を突かれ錦は男を見る。 此奴今なんて… 気まずい雰囲気を打ち消す様な陽気さでもう一度「カ・レ・シ・です」と宣う。 何故か嬉しそうな顔だった。

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