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【12】「どうせそのころには綺麗さっぱり忘れているくせに」

「この前発表会で弾いたって話していただろ?半年しか習わなかったのに学校で弾けるのかい? 第一まともに弾いていないなら指が動かないだろう?なのに表彰までされている。」 男の言う「発表会で弾いた」とは何時かの朝、食事をし乍ら話した 音楽発表会のプログラムの一部である個別出場のコンクールの事だ。 楽譜は読めるし弾き方は自動演奏ピアノや自室にあるオーディオプレイヤー から流れるメロディーを参考にしている。 「難易度の高い曲は弾かないし発表会前は数か月前から練習をしているので問題はない。」 弾くより聴く方が好きなのだ。 本格的に演奏したいわけではないのでこれで良い。 男は納得してるのかしていないのか分からない顔で「ほぉ~」と言い頷く。 どんな曲が好みか聞かれたが、沢山あり過ぎて答えるのは困難だ。 好きな曲全てを挙げれば日が暮れるだろうから、 とりあえず最近良く聴く曲や図書室や図書館から借りたCDよりタイトルをあげる。 「グリーグの『ペールギュント組曲』。シューマンの『トロイメライ』サティの『ジュ・トゥ・ヴ』が好きだ。 あとは、最近よく聞くのがショパンの『エチュード』『華麗なる大円舞曲』『雨だれ』。 休日や寝る前に聞いているのはドビュッシーの『夢』リストの『愛の夢』かな。」 「グリーグの『ペールギュント組曲』なら君の好みは第1組曲の『朝』だろう?」 正解だ。 少し驚きながらも感心した。 男は第2組曲の交響詩『フィンランディア』が好きらしい。 「エチュード集はどれが好き?『別れの曲』かな?」 「…良く分かったな。お前は?」 「ショパンエチュードなら Op.10-7ハ長調、op.10-4 嬰ハ短調だね。」 「好きな曲は?」 男の好きな物を聞き出す瞬間、何故かドキドキした。 好きな曲は沢山あってどれかと言われると迷うと言うので、錦は俺と同じだと返した。 何だか同じ答えで嬉しい。 何故嬉しいと思うのかは謎だ。 最近聴いた曲でも良いと付け加えたら、大きな瞳がくるりと動く。 良く聴くのはオペラなんだけど、そうだなぁ。と加え口を開く。 「シューマンの『飛翔』ドヴォルザークの『新世界』ブラームス『ハンガリー舞曲集』 ショスタコーヴィチの『交響曲』だね。 特に第5番ニ短調『革命』第4楽章が好きだな。第7番 ハ長調『レニングラード』も良い。」 「激しいのが好きなのか。」 「激しいのが好きかだなんてエッチ。その内君の口から言わせてあげるね。 僕は気が長い方だから7、8年は待とう。いい具合に食べ頃だろうし、今よりもっと美人になってると断言できる。 でも時々味見くらいはしても良いよね?」 「意味が分からない。」 第一あと数週間で夏休みが終わるのに 何が7、8年後だ。 どうせそのころには綺麗さっぱり忘れているくせに。 「因みに一番好きな曲はパッヘルベルの『カノン』とタルティーニの『悪魔のトリル』だ。」 「俺も好きだ。」 同級生とは決して出来ない話が楽しかった。 本屋の前を時折止り雑誌を捲りながらまた歩みを始める。 フロアの壁をなぞるようにショップを渡り歩いた。

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