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【13】「赤ん坊からやり直せ」

「――錦君の好きな曲名聞いてると、皆優しいメロディーが多いね。渚のアデリーヌとか好きそう。」 「それも好きだ。耳に心地良い。」 「まぁ、君がヘビメタ聞いてたら驚くけどね。」 「あれを聞くと頭痛と吐き気がする。」 「え?聞いたの?いつ?」 「クラブ活動で部員が好きなCDを持参して聞く機会が有ったんだ」  クラブ活動は強制参加だが9割は喜んで入部する。  ちなみに人気は家庭科クラブだ。  女子が多いイメージだが、料理中心の部活動なので男子の部員もそれなりに多い。  皆、食べる事が大好きなのだ。 「部活で?」 「そうだ。ヘヴィメタルを大音量でかけた馬鹿がいた」  お陰で錦は気分が悪くなり保健室に連れて行かれる羽目になった。  クラブ活動の言葉に男の声のトーンが上がる。 「小学校とか中学って部活動強制参加のところ多いけど、錦君の学校もそうなんだ。音楽クラブだっけ?」 「正解」と答えれば「イメージ通りだね」と満足げだ。 「科学部とか生物部とかのイメージも合うね」 「科学部は無かったが生物部はあった。写真と生物、音楽のどれかにしようと考えていたんだ」 興味が有ったのは生物部だった。 しかし池や川に入り生き物を素手で捕まえる活動内容が 術後私生活における行動制限にひっかかった。 ただでさえ免疫力が低いのに感染症にでもなったら主治医に殺され…いや、 兎に角衛生上の問題もあり入部候補から外した。 「活動が少ない写真部でも入ろうとしたら人数が少ないので廃部になってた。それで音楽クラブに入った。」 「へぇ。吹奏楽とは違うの?僕の学校にはなかったなぁ。」 「初等部の音楽クラブの活動内容は7割が作曲家の歴史を調べる事で残り3割が音楽鑑賞だ。」 「…楽しいのそれ。7割が音楽鑑賞なら僕も入りたいね。」 親しくもないクラスメイトがやたら錦の入部する部活動に興味を持ち、 一緒に入りたがるので彼らを遠ざける為の選択と言っても良い。 積極的に入部したいと思っていたわけではないのだ。 作曲家たちの歴史を学ぶなど、授業の延長上ともいえる活動内容だ。 興味がなくては退屈だろうし大人しく席につきクラシックを楽しむ事さえ忍耐を要するならば、 余程のもの好きでなければ諦めると考えた。 予想通り殆どの生徒は笑顔を貼付け別の部活動へ入部した。 「歌とか歌わないの?」 「偶には歌うさ。音楽発表会の前になれば歌の練習がメインになる。」 歌唱する場合、ピアノ演奏者が必要になるから演奏できる生徒が立候補する様になっている。 教師が演奏すれば良いのだろうが――錦と隣のクラスの野田と言う生徒がピアノが弾けたので、二人で交互にひいた。 「個人コンクールでは何弾いたの?」 「サラバンドだ。」 発表会で同じく個人コンクール出場の野田がバッハのメヌエットト短調を演奏するので、 バッハで揃えるかと聴かれたがどうせなら違う音楽家の方が良いだろうと思い同時期に活躍したヘンデルを選んだ。 サラバンドを選曲したら発表後、 何故か教師とクラシックに興味のないクラスメイト達の一部が号泣し残りは酷く憂鬱な表情を見せた。 落ち葉へと変わる季節にもピッタリのこの哀愁漂う旋律に、お前達も心打たれる物が有ったのか。 何時もは阿呆面で教室を走り回る煩い子供だと邪険にしていたが、素人の演奏ながら涙を流す感受性には感心するものが有る。 少しだけ嬉しかった。 最優秀賞は野田が取り、錦は優秀賞だった。 最優秀賞は逃したがお前たちは俺が演奏したピアノに心打たれてくれたのか。 お前たちが感動してくれたならそれで充分だ。 あと日頃心の中では子猿とか思ってすまなかった。 等と彼らに対する評価を改め反省した錦だったがものの数分で裏切ら れる。 感動の涙とは明らかに違う涙だった。 メヌエットとサラバンド二曲続けての演奏となったのだが、 通夜に流れていそうな曲だと、鬱的真理状況に陥ったらしい。 「彼らを見直した俺が馬鹿だった。」 馬鹿な子供はやはり馬鹿なのだ。 馬鹿ばかりだ。 赤ん坊からやり直せ。 これが率直な感想だった。

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