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【14】「どうせなら馬鹿どもを棺桶にぶち込んでやれ」
「…うん、そう。サラバンドは君たち位の子供にはうけないのかなぁ。 発表会向けかどうかはさて置き、泣いたり暗くなったりするだけでも訴えかけるものが有ったと言うことだよ。」
同じ音楽クラブの生徒はうっとりと演奏を聞いていたと言うのに。
メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調を演奏し準優秀賞を飾ったクラスメイトの小林は頬を赤くし目を輝かせて 「今度は僕と一緒に演奏しないか」なんて握手さえ求めて来たのに。
最優秀賞を飾った野田は「君とは趣味が合いそうだ。僕と連弾しないか?」と声をかけてくれたのに。
あの馬鹿者どもと来たら。
同じ子供でも大違いだ。
「選曲ミスしたか。これなら、サティにすれば良かった。」
「サティと言えばジムノペディ?」
「子供の集まりだぞ。ジムノペディなど演奏したらメロディーを楽しむ以前に9割がた寝ている。 そんな事許されるか。授業中寝るのは不真面目不誠実の極みだ。 全員放課後の指導室で反省文を提出すれば良い。 小林と野田にも謝れ。 野田と言えばあの男「ト長調の方にすればみんな泣かずに済んだかな?ごめんね」等と言う。 彼の演奏したメヌエットト短調は文句のつけようもないほどに素晴らしかったのに、何故彼が謝罪する必要があるんだ。 あの猿どもなら何を演奏しても3秒で入眠するにきまってる。」
野田に「どうせなら、ピアノソナタ第2番変ロ短調「葬送」を弾いてやれ」と言ったら 「葬送行進曲なんて弾いたら皆お通夜モードになっちゃうよ。」と苦笑された。
気遣いなど無用だ。
どうせなら馬鹿どもを棺桶にぶち込んでやれと喉まで出かかるが我慢をした。
あの手の子供は甘やかすと調子に乗るので甘やかさない方が良いのに。
「…君も子供じゃないか。」
無視をして言葉を続ける。
誘拐一日目で男だって『価値のある質問なら答える』と言っていたじゃないか。
つまりは『答える価値のない質問』は答える義務はないのだ。
「サラバンドを聞いて鬱になるのならグノシエンヌにすれば良かった。 ちなみに第一番だ。入眠前に恐怖で泣けば良い。」
「グノシエンヌ……。」
間延びした声で「あ~」と言う。
声の響きからして肯定か否定かのどちらかと考えれば後者だろう。
「あの底知れぬ不気味さが何ともねぇ…。」
メヌエットとサラバンドで、憂鬱になり泣く様なクラスメイトの下ら ない涙を見ればもっと気分が沈む様な選曲をしてやれば良かったと心 底思っただけだ。
「あの間抜けな泣き顔を恐怖にかえてやろうかと考えただけだ。全く腹正しい。」
意地悪で結構。
アイツらの頭はピーマンの様に空洞があり脳味噌などまともに詰まっていないのだ。
人扱いする方が間違いだ。
「わぉ…また小学生の音楽鑑賞会で演奏するにしては微妙な選曲を考えるね。 僕の勝手なイメージではラヴェルの『亡き王女の為のパヴァ―ヌ』あたりかと思っていたよ。 情熱的にブラームスの『ハンガリー舞曲』や、ハチャトゥリアン『剣の舞』を小難しい顔で弾 くイメージもあるな。」
剣の舞など演奏以前に指が縺れる。
そもそもハンガリー舞曲は21番まであるがどの曲を指してるんだ。
と男を横目で見る。
「あ、アヴェマリアとかは?カッチ―ニ?シューベルトの方が好き?僕はグノーだね。」
アヴェマリアは全部甲乙つけがたく好きだ。
「俺の技術力を無視して何を言ってるんだ。 練習すればそれなりに形にはなるだろう。そもそもアイツらに技術的なことがわかる筈はないので問題ないが、 野田や小林には子供だましは通用しない。 技術不足なくせに見栄で演奏したと呆れる筈だ。」
無茶苦茶な発音でも、詰まることなくそれなりに強弱をつけ英文を喋れば、 ネイティブ並みに流暢に英会話が出来ると勘違いされるのと同じだ。 だが、そんな見栄を張る必要などない。
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