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【17】「跪きたくなるのさ」

「理性無き野生動物が配慮と言う概念を持ち得ると本気で考えているのか。金魚に歌謡曲を謳わせる事位に不可能だ。」 それでも、強者には腹を見せる。 男は時折得体の知れぬ空気を発する。 初めて出逢ったときがそうだった。 「君はそこに居るだけで皆跪きたくなるのさ。そう言うオーラが有るから。」 「お前も平伏したくなるのか?それは愉快だな。」 「足に口付ても良いと思う程にはね。おまけにその見てくれだ。不機嫌顔なんて泣き顔同様不細工なものだけど、君はどんな顔をしていても綺麗で可愛い。君は大人になるにつれて劣化するタイプの容姿じゃないし、その年齢でこれだけ美人さんだと少し心配なくらいだ。」 人間の第一印象は容姿が大部分を占めている事は理解しているが、錦にとって容姿など皮一枚の問題だ。 興味が薄れ白けた気分で「オーラ?」と蔑みを含ませ見上げれば何故か不思議そうな顔をされた。 まるで錦の方が可笑しいと言わんばかりの顔だ。 「分かりやすく言えば君の纏う空気だ。君の周りだけやけに冷たく澄んでいる。 排他的で何者も住めない清らかな水みたいだ。 怖いもの知らずの無邪気な子供か僕のように図太く無ければ気安く近寄れないな。 こればかりは、生まれ持った資質だ。努力で作られるものでも後天的に身に付く物でも育てられるものでもない。 稀有な存在だと思うよ。」 何ともむず痒い言葉だ。 第一子供に使用する類の言葉ではない。と思う。 「――以前から思っていたが、お前の使用する「美人」という形容詞は主に女に対する言葉だ。小学生からやり直せ。」 そうしたら君と同級生になれるねなどと笑い続けた。 「僕が君を美少女と言えば君の性別を否定したことになるので完全なる過ちだけど 『主に』女性に使用されると言うことは例外だってあるともいえる。」 この男の特技に詭弁誤謬レトリックに暴論と屁理屈も加える必要がある。 「美しい人で美人。美はジェンダーの壁を超すものだ。態々枠を設ける意味あるの?」 たしかに、錦自身男を美しいと思うこともあるので性差を超すものなのだろう。 それは認めるがしかし、男の錦への賛辞はしっくりとこないのだ。 同姓同名の別人を褒めているのではないかと言う気分になる。 そもそも彼に絶賛されるような人間ではない。 見ている対象は同一であるはずなのに、錦が認める己と男が捉える錦はあまりにも乖離しすぎている。 困惑の表情を浮かべ男を盗み見る。 「…変だろうが。」 何故か溜息を吐かれる。 腹が立つ。

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