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【19】「動けない抗えない」
「君の瞳は黒目がちで潤んでいて、吸い込まれそうになる。 カッチ―ニの『アヴェマリア』を思い起こす憂いと繊細美の極みだ。」
じわりと染み入るような声に詩集を朗読しているのではないかと錯覚した。
一定の距離を保った場所から、視線が集まる。
通路を通る女性客が井戸端会議をしている母親たちが先ほどまでピアノで遊んでいた少年たちが、 此方を見ているのがわかる。
それでも、動けない抗えない。
背後から抱かれたままその胸に背を預けた。
くすりと笑う声に上下する胸に些細な空気の動きに、体が跳ねる。
臆病な小動物になった気分だ。
「――恥ずかしい?」
小さく頷くと背後から頬擦りをされた。
恥ずかしいので、止めて欲しい。
「でも駄目。君は自分の事を分かっていないんだもの。」
ほら、眼を見せてごらん。
一度は閉ざした目をひらくと、嬉しそうな顔をした男が映る。
優しいけれど、やはり意地悪だ。
男は錦など足元にも及ばないほど強く狡猾なのだろう。
こういう時そう感じる。
普段は優しく基本的に錦の挑発も我儘も受け入れる。
しかし単純に「許してやってる」に過ぎないのだ。
そして見る角度で印象を変える万華鏡のように別人となり錦を弄ぶ。
妖艶な眼差しと甘い声一つで抵抗を奪いじわりと侵食していくのだ。
力で押さえつける様な真似はしない。
遅効性の毒を流すように思考を痺れさせ、 真綿で包むように抱き込み胸の内に入り込んでくるので跳ね除けるより委ねてしまうのだ。
それを許す錦も、許されると知っている男も質が悪い。
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