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【22】「お前の頭はプランクトン並じゃないのか」

「そんな風に頭を撫でても、許さないぞ。…大体何だその歯の浮くようなくどいセリフの数々は。 寒気がする。やり直せ。もっと簡潔に言え。」 「結論、錦君が尊くて仕方がない。可愛くて何でも言うこと聞いてあげたくなるのでお兄さん困る。」 「何が困るだ。困っているのは俺の方だ、いちいちベタベタと」 「嫌ならもう頭も撫でないし手もつながない。」 「単細胞。お前の頭はプランクトン並じゃないのか。 大体誰も頭を撫でるなとも言っていないし手を繋ぐなとも言っていない。ふざけてるのかお前は。」 そもそもお前は…そう続けたら男の掌に口を覆われた。 それは喋るなと言う意思表示か。 「ふざけるものか。ただ僕は君は祝福された存在だって言いたかったんだ。」 もう駄目だ。 怒り任せで羞恥を跳ね除けたつもりでいたが、 顔を覆いなきたくなった。 真剣なまなざしに、焼け付きそうになる。 酸欠気味に口をパクパクさせると、男は手を退け小首をかしげた。 「ねぇ、大丈夫?人工呼吸と心臓マッサージどっちが良い?」 「しなくて良い」 情けない事に一人では立てなくなった錦を男はピアノ椅子に座らせる。 胸が大きく波打つのではないかと思う程に、心臓が打ち付ける。 まだ視界がぐらついている。 男は呆れ顔で椅子の端に浅く腰掛け錦の頭を抱き肩へ寄り掛からせる。 支えが無くては床に沈みそうだ。 あられもない姿を見られてるようで恥ずかしかった。 赤面し戦慄く錦の背に腕が回る。 「物凄い眉間に皺が寄ってるけど…難しかった?10歳児でもわかる有名どころで例えてみたけど…もう少しかみ砕こうか。 えーっと、君位の子供ならヴィヴァルディの『四季』で纏めた方が分かりやすいかな?春夏秋冬あるから簡潔で良いね。」 「馬鹿にするな問題ない。」 「もう少し捻った方が良い?ストックは山ほどあるんだ。四字熟語で纏めた方が良い?」 528Hz並の耳に心地良い声で、しかし言葉の内容は容赦なく精神的攻撃を繰り返す。 「俺が悪かった止めろ。胃酸が逆流する。肌が痒い。」 「詩集で君を例えようか?愛と革命の詩人辺りでいくか。えーっとぉ」 記憶を手繰り寄せる男を慌てて止める。 この男は俺を殺すつもりかと本気で疑ってしまう。 「ハイネは止せ辞めろ。それから支えはいらない。もう平気だ。」 「ねぇ。錦君。」 背中から手が離れ隣同士に座る男が少しだけ体を離す。 椅子から体が落ちそうだ。 そして男の言葉に、錦の眉間の皺がより深まる。 「ピアノ聴かせてよ。」 顔を見上げれば少し前屈みになり男は錦の顔を覗き込み「ピアノ、僕にも聴かせて」と繰り返した。

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